催眠術の作法
ゆらゆらと目の前で揺れる穴の空いた硬貨。
試したいことがあるんだとやってきてから、かれこれ十数分、福島はこれを続けている。
「ちょっと号ちゃん、ちゃんと見ててよ!」
ため息を吐いた拍子に少し俯けた顔に不満そうな声が上がる。
「見てろってお前、一体何がしてぇんだよ」
「何って、催眠術だよ」
「催眠術ぅ?」
あまりにも当然そうに言うからつい胡乱な目を向けてしまう。福島は気にせず得意げに話を続ける。
「この前テレビでやってたの見たんだよ。こうやって輪っかを糸で吊るしてゆらゆらーって揺らしてさ、あなたはだんだんねむくなーるって呪文を唱えたら、やられた方はこてんって寝ちゃってさ」
「ほーう」
「だから号ちゃんにもやってみようかなって。ほら号ちゃんいくよ」
号ちゃんはだんだん眠くなーる。眠くなーる。
そんな呪文を唱えるが眠気などくるわけがない。また妙な物に影響を受けて、その効果を日本号相手に試そうとするのが可愛らしいような、頭が痛いような。そんな心地だ。
「……もしかして号ちゃん、眠くならない?」
「残念ながらならねぇなぁ…」
「え、何でだろ……テレビだとみんなあんなに簡単に寝ちゃってたのになぁ…」
不思議そうに首を傾げながら手元の道具を弄り回す。
真剣な福島には悪いが、福島が見たテレビとやらは十中八九ヤラセだろう。こんなちゃちな道具ひとつで誰もが快眠できるのであれば、人間たちの間に睡眠導入剤など出回っていない。幸い自分は使ったことはないが、この本丸でも審神者以外にも数名服用している者がいる。
と、そこでふと疑問が浮かぶ。
福島は何故、日本号のことを眠らせたいのだろうか。
福島は日本号から見て少々物知らずに思える時があるが、効果を試したいだけならここまで粘らない。程々に試して効果が出ないなら諦めて笑い話にして終わりだろう。そうしないのなら、おそらく用があるのは眠っている日本号自身。さて、この目の前で簡単な道具を検めているこいつは、眠っている隙に一体何をしようと考えているのか。
「おい、ちょっとそれ寄越せ」
声をかければ面白いほど素直に福島から道具を手渡される。
「これを揺らせば催眠術にかかんのか?」
「うん、そうだよ」
「俺はさっぱりかかってねぇんだよなぁ…」
呆れ半分に呟き、受け取ったそれを日本号は福島の目の前に垂らす。
催眠術など信じていないが、物は試しだ。
「号ちゃん?」
「よーく見とけ、催眠術ってのはこうやってやんだよ」
ゆらり、ゆらり。手の中の紐を揺らしてやる。
俺が寝ちゃったら意味ないよと訴えるのを無視して揺らし続ければ諦めたのか大人しくなる。
揺れる輪を福島の目が追いかける。その頃合いを見計らって日本号は質問を投げ込む。
「お前は何する気だったか白状したくなーる」
「え」
「俺のこと寝かして、お前一体何するつもりだったんだァ?」
ぱし、と片手で輪を掴んでにんまりと笑う。ずいと寄れば福島は焦ったように体を引く。どうやら予想は当たりだったらしい。あからさまに知らないふりをされる。
「えー?何のことかなぁ…?」
「今更可愛こぶんな」
「そんなこと言って満更でもないくせに」
「おら、いいから大人しく吐け」
福島からの返事はない。無言で返答を促すと視線が泳ぎ出す。
「言っても、怒らない?」
「……内容によるな」
泳がせていた目が気持ち上目遣いで日本号を見る。おずおずと尋ねる言葉に返しが一拍遅れる。
普段好き勝手に振る舞うくせに、突然下手に出られるとどうしていいかわからなくなる。その唇からどんな言葉が飛び出てくるのか、つい身構えてしまう。
「号ちゃんが寝ちゃえば、その……キス、できるんじゃないかな、って…」
けれどその唇が紡いだ言葉はあまりにも的外れというか可愛らしい要求で、一瞬思考が停止する。
「ご、ごめんね、号ちゃん…」
「ごめんってお前なぁ…」
小首を傾げる福島にこれ以上追及する気も失せる。なんだこいつ。可愛すぎる。それは反則だろ…そんな思いを胸に日本号は天を仰ぎ、深くため息を吐く。
こんなもので催眠術をかけられるなら、かけて相手に好きにできるなら、どんなに楽だろうか。やはり福島の考えることはよくわからない。
福島を見ればしおらしくうなだれている。それを見て、悪戯心が沸いた。割合や程度はどうあれ、寝込みを襲おうとしていたのだ。
「光忠」
「何だい、号ちゃん」
顔を上げた福島の前にもう一度、福島の前に糸を垂らす。
きょとんと首を傾げる福島。
ゆらゆらと糸を揺らしながら意地の悪い笑みを浮かべ、口を開く。
「光忠はだんだん俺にキスしたくなーる」
多分嬉々として試す短刀ちゃんたちにつられたんでしょう。
それはそれとしてこの後多分号さんに美味しく頂かれちゃうんでしょうね。
2023/08/04