サンプルモンブラン
兄弟と茶飲み話に興じるのと、親友と遊びに繰り出すのでは、断然後者の方が胸躍る。少なくとも福島光忠にとってはそうだ。
それが酒の席であったとしても日本号が誘ってくれるなら、一も二もなく福島はついていく。だって楽しいのだ。それが往時とよく似ているけれどもどこか違って、それでもやはり根本は変わらない日本号の振る舞いは居心地が良くて、福島はいつも「さすが俺の親友は日ノ本一だなぁ」なんてことを思うのだ。
その日もそうだった。
光忠三振りの共同スペースで実休の淹れてくれた茶を飲みがらのんびりと三振りで話していた。話題は大体、薬草園の充実具合とか、そんな取り留めのないものばかりで話しながら福島はこの後のおやつは小豆長光の新作だと聞いていたけど何だろうかなどということを考える。そんな折のこと。
「光忠、ちょっといいか?」
廊下から呼びかける日本号の声に顔を上げる。他二振りからわずかに張り詰めた気配が漂うが気にしない。
「何だい、号ちゃ……うわ!?」
すぐさま立ち上がって日本号を出迎えようとした福島だが、途中で阻まれる。入り口へ歩いていた福島の足首を実休が不意に掴んだのだ。
「……何すんだよ、危ないだろ」
「福島ならこの程度で転ばないだろう」
「転ばないなら掴んでいいって理屈にはならないだろ。ていうか放せよ」
「光忠、どうした?」
やいのやいのと騒いでいると心配したのか日本号が様子を窺ってくる。
「ほら、号ちゃん心配してんじゃん」
「それなら大丈夫だよ」
「そうそう、福島さんは気にしないで」
福島がこぼした不満は二振りに軽くいなされる。実休は足首を放す気配はないしどうしようかと考えていると燭台切が徐に立ち上がり、日本号が立っている戸を開けた。
「こんにちは、日本号さん。今日はどの光忠に用事だい?」
「少なくともお前じゃねえことは確かだな」
「そう、じゃあ実休さんの方かな」
「……お前、わかっててやってんだろ」
にこやかに笑って出迎える燭台切に対し日本号は渋い顔で返す。また始まった。福島は密かに思う。
福島の大切な兄弟と大好きな親友は何故か顔を合わせる度に福島を挟んで軽い言い合いを始める。こうして日本号が福島を誘いに来た時など、特に。最終的には送り出してくれるのにどうしてこうも一悶着挟まないと気が済まないのか、福島は兄弟たちのことがわからない。
日本号に対してはじめから福島を名指しすれば良いのではないかとは思わない。彼にとって福島は「光忠」であって「福島」ではないのだろうからそれは自然だ。それでも互いを呼び合う時以外は「福島」と呼ばれたいこちらの意を汲んで従ってくれる。この親友は本当にできた男なのだ。
「面倒臭えな、福島だよ福島。用があるのは福島光忠だよ」
だから日本号はなんてことのないように福島と呼ぶのだ。
「ほら、号ちゃん呼んでるじゃない。離してよ実休……って、痛いなおい!」
話は済んだとばかりに行こうと声をかけると何故か足首を掴んでいた手に力が込められる。流石に燭台切も予想外だったのか、こちらを振り返り実休をたしなめる。しかし実休はどこ吹く風といった調子で日本号に声をかける。
「号ちゃんくんは、福島とどこに行くんだい?」
「あ?」
「僕らはこれから小豆の長光が作った新作すいーつを食べるんだ。君にどこかへ連れて行かれてしまうと彼が悲しんでしまうと思うんだ」
実休の言葉に日本号が少し考える。どうやら実休はまた日本号のことを困らせようとしているらしい。何故そんなことをするのかわからないが、最近の実休や燭台切は日本号に対してそんな物言いばかりする。
「それなら俺が時間になったら小豆くんのところに行けば良いだけの話だろう?号ちゃん困らすなよ」
「でも福島さん、日本号さんと遊びに行くと大体夜まで戻らないじゃない…」
「それは……号ちゃんといると楽しくてつい……光忠や実休だって、貞ちゃんくんや薬研くんといると帰って来ない時あるだろ!それと一緒だよ」
胡乱な目を向ける燭台切に半ばやけになって言い返すと心当たりがあるのか目を逸らされた。少し力が緩んだ隙に足を抜き取り日本号の元へ寄る。何故か日本号は少しにやけていた。
「お前、そんなに俺といて楽しいのか?」
「え?うん。正則のとこにいた時と似た感じの気分になってすごく楽しいよ。あと号ちゃん、俺がアレンジメントするの邪魔しないし」
「そうかよ」
そう言ってくしゃくしゃと頭をかき混ぜられる。
「じゃ、行こうぜ」
体を返した日本号に続いて部屋を出た、その時だった。
「あ」
日本号の進むのと反対方向から声がする。振り返るとそこには謙信景光が立っていた。
「福ちゃん、おでかけするのか?」
「そのつもりだけど……もしかして、小豆くんのすいーつ、出来たのかい?」
こくりと頷かれ、福島は考える。
日本号と遊ぶのは楽しい。しかし先約は彼らだ。約束を反故にするのは本意ではない。
なら、答えはこうなる。
「なあ謙信くん、すいーつに余りってないかな?急で悪いんだけれど、号ちゃんも連れて行きたいんだ」
ダメかな、と問えば謙信は指折り数えてから大丈夫だと答えた。
「おきゃくさんに日本号がくること、つたえてくるのだ!」
そう言い残して謙信は走り去っていく。やり取りを終えた福島はそろりと日本号の顔を窺う。
「ごめんね、勝手に決めちゃって」
「構わねえよ。元々大層なとこに行く気はなかったんだ。お前がいんならそれで十分だ」
「そっか、ありがとう!」
「んじゃ、行くぞ」
歩みを進める日本号に着いていこうとして、はたと思う。それから一歩下がって部屋の中の兄弟たちに声をかける。
「実休、光忠!小豆くんのすいーつ、できたって!」
言うだけ言って福島は小走りで日本号を追いかける。
福島は楽しみで仕方なかった。何せ今日は大好物の栗を使っているというのだから!
「楽しみだなー」
鼻歌混じりに歩く福島は考えない。燭台切と実休が盛大に舌打ちをした理由も、前を歩く日本号が苦虫を噛み潰したような顔をしている理由も。何も考えることなく小豆長光のすいーつにただただ思いを馳せていた。
勝者、小豆長光の新作スイーツ
2023/12/09る