君のための地獄絵図

 それは予想通りに地獄絵図だった。
 山姥切長義が何事かを呟きながら卓一面に広げた紙にガリガリと一心不乱に何かを書き付けている。時々あげる笑い声が不気味だ。中身を覗いたら随分と物騒な内容だった。一体何を潰しに行く気なのだろう。
 その近くで実休光忠が呆然と虚空を見つめて立ち尽くしている。「僕の記憶があやふやだから福島があんなことに…?」と繰り返し呟いている。どうやらその結論から前に進めないらしい。進む必要もないが。
 部屋の隅では燭台切光忠がぶつぶつと何事かを呟きながら時折軽く壁を殴っている。あの壁は後でへこんでいるだろう。壁が揺れた振動で近くの棚の上の物がまた落ちてきた。
 この惨状の元凶である福島光忠はといえば謙信景光と小竜景光に泣きながら両側から抱きしめられている。極めている両者の腕力で締め付けられれば苦しいらしく、時々呻き声をあげている。
「ご、ちゃ、たすけ…」
 福島の手が助けを求めるように入り口に立つ日本号へと伸ばされる。けれどその手を先に掬い取ったのは大般若長光だった。
「大丈夫だ福ちゃん。俺たちはちゃぁんとあんたのそばにいる。わざわざ正三位殿の手を煩わせるまでもないさ」
 そう言って微笑みかけられた福島は曖昧に笑い返す。それは嬉しいけど今はそういうことじゃないんだ。困惑に満ちた視線はそう物語っているのに、悲しいかな、大般若には何一つ伝わらない。それどころか両側の景光たちの締め付けが強くなったようだ。日本号に助けを求めたのがそこまで気に入らないのか。まあ、気に入らないだろうな。日本号は一人納得する。
「みんな、あまりちちうえをこまらせてはいけないよ」
 そう言って大般若の肩を叩いたのは小豆長光。その手には甘味を山ほど積んだ菓子鉢。こいつは想像より理性的だったと見直しかけた次の瞬間。
「ちちうえも、しんぱいしないでだいじょうぶ。あまいものをたべればわるいゆめもきっとわすれるよ」
 そんなことを言いながら福島の口元にクッキーを一枚差し出す。ご丁寧に福島が以前気に入っていたバラを模したクッキーだ。引き結ばれた口元にクッキーを押し付ける小豆もしっかりおかしくなっていた。日本号はこれ以上笑いを堪えることが出来なかった。
 
 ことの起こりはひと月ほど前。福島が本霊から情報を受信するというトンデモ案件が起きた。聞けばそれまでも何度か同じことはあったらしい。そしてその時に受信した情報というのが「燭台切光忠と不仲だった結果、実休光忠加入をきっかけに日本号に看取られて折れた同位体の記憶」という本当にとんでもない内容だった。正直日本号はそこの自分は何をしていたと憤ったし、この話を長船の連中が知れば地獄の様相を呈するだろうと思った。だが当の福島にその実感はないらしく、世間話のノリで聞かせたところこの惨状になったようだ。日本号にしてみれば自業自得である。余談だが日本号が今この場にいるのは福島と買い物に出かける予定だったのに、時間になっても現れないから様子を見にきたという次第である。
 とは言え、そろそろ解放してほしいのが日本号の本音である。揃っての非番に外出許可をもぎ取ったのだ。こんなことで無駄にしたくはない。
「おい、貴様ら、騒々しい、ぞ…?」
「えっ!?本当に何事っ?」
 十中八九壁を殴り続ける燭台切が元凶だろう。近くの部屋にいた古備前の三振りが怒鳴り込んできた。が、すぐに中の惨状に困惑を見せる。
「何があった、日本号」
 鶯丸の問いに少し考える。そういえばこいつら、長船派の連中を孫か何かのように可愛がっていたな。長船派の連中の反応は簡単に想像できたが、果たしてこいつらはどう動くか。
 救いを求める目でこちらを見つめる福島には悪いがここはひとつ痛い目を見てもらおう。そうして、もっと自分のことを大事にしてもらわなくては、恋仲として日本号が困るのだ。買い物の埋め合わせはまた考えるとしよう。
 日本号がかいつまんで説明した内容に古備前の連中が動き出すまで、あと五分。

本霊の記憶が流れ込んでくる系の福ちゃん。
同派に話した結果地獄絵図。
この後古備前も参戦して、そっちは審神者に突撃します。

2023/09/13
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