矢を向ける

 腐れ縁の相手が死体を引きずる様子に、山姥切長義は一瞬動きを止めた。いや、死体ではないのだが。
「何をしているんだい?」
 声をかければ振り返った南泉一文字が面倒そうに顔を顰める。
「……お前の目は節穴かよ……にゃ!」
「もちろん、きちんと見た上での質問だよ。それで、何故猫殺しくんはうちの祖に何をしたんだい?」
「濡れ衣きせんじゃねーにゃ!主の頼みで酔ったこいつを運んでただけだ」
「酔った?福島の祖が飲酒をするとは思えないんだけれど、どういうことだい?」
「……詳しいことは歩きながら話す。俺が足持つからお前は福島の胴体持て」
「見た時から思ってたけど、この運び方、どうなんだい?」
「うるせー。この方が手っ取り早いと思ったんだ!……にゃ!」
 話しながら二振りで福島を運ぶ。完全に夢の世界へ旅立って意識のない福島の体は重く、二振りががりでもそこそこ難儀した。
「なんかうちの祖がすまないね。飲酒は避けていたはずだけど、どうしてこんなことに…」
「別にこいつのせいでもねーみてぇだったけどな。あえて言うなら主の刃選ミスだ。オレとしてはここまでの道中で見つかったのがおめーでまだマシだ…」
「それは一文字の面々に比べてということかい?」
「……そっちもだけど福島だったらもっと厄介なのがいんだろ…」
「……ああ、そうだね…」
 南泉の指す相手を思い浮かべて納得する。
「確かに、日本号に見つかると厄介だね」
「!ばっ!おま…」
「誰に見つかると厄介だって?」
 慌てたような南泉の声の直後。降ってきた声に体が固まる。殺しきれなかった勢いのまま、とん、と何かにぶつかる。
 ゆっくりと見上げると真顔の日本号がこちらを見下ろしていた。
 突然の展開にひっ、と喉の奥で悲鳴をあげる。
「お前ら、そいつをどこに運ぼうってんだ?」
「ちげー、にゃ!明日の遠征のことで用があって主んとこ行ったら主の親戚に酔い潰されたこいつを部屋まで運んでくれって主に頼まれただけだ!にゃ!」
「え、そんな経緯だったのかい?」
「主の親戚か……そりゃ確かに主の刃選が悪ぃな」
 呆れたように言った日本号は納得したみたいだ。ほれ、と手を差し出される。
 意図が汲めずにきょとんとする二振りに深く溜め息を吐くと日本号は山姥切の腕から少し強引に福島の体を引き寄せる。それから一呼吸のうちに福島は日本号の腕の中に収まっていた。
「ここまでありがとさん。あとはこっちで引き取るからお前らも好きに戻れよ」
 そう言ってひらりと手を振り去っていく。その向かう先には日本号の部屋がある。
 残された二振りはしばし顔を見合わせる。
「今の、何だったんだ…?」
「とりあえず今、お前がいたことに割と初めて感謝したよ」
「随分な言い様だな。もっと普段から感謝してくれていいんだよ」
「うるせぇ。誰がするか」
 じとりと睨んでいた南泉が深く溜め息をつく。
「それにしても本当に出るとは思わなかったぜ…」
「確かに。福島の祖も厄介な相手に捕まったものだ…」
「は?自分から行っておいて捕まったもの何もねぇだろ」
 胡乱な目を向ける南泉に山姥切は目を瞬かせる。
「君がどう見ているかは何となくわかるが、あの二振りは君が思うような仲ではないよ」
「はぁ!?」
「長船部屋では連日正三位を振り向かせるための作戦会議をしてるけど、これは必要なさそうだな…」
「いや、お前ら何やってんの…?」
「何って、福島の祖が幸福を掴み取るための作戦会議だけど?」
「……もういいわ…」
 疲れたように言った南泉が歩き出したのは彼の部屋とは逆方向で。
「どこに行くんだい?」
「夜風にあたりに行くだけ……って、お前には関係ねぇだろ」
「ふぅん」
 相槌をひとつ打って山姥切も南泉の隣に並ぶ。ぎょっと目を見開いた後、心底嫌そうな顔をするが知ったことではない。
「お前何で…」
「俺も夜風にあたりたいだけだよ」
 当然のように言ってのけると深い溜め息がひとつ。
「勝手にしろ」
「ああ、もちろん」
 ほのかに熱った頬に夜風が心地良かった。

知り合いのリクエストで書いたにゃんとちょぎ。
号福を添えてもいいと許可があったので添えました。

2023/12/25 Privatter初出
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