僕だけ見てて!
「光忠だったら誰でもいいの!?」
わっと両手を顔に当て泣きだした(実際には嘘泣きだが)燭台切に、福島は困ったように眉を下げる。
「そんなわけないでしょ。俺にとって光忠はお前だし、お前は大事なかわいい弟だよ」
「じゃああっちは頼れるお兄ちゃん?お兄ちゃんがお兄ちゃんって呼ぶのは僕じゃなくてあっちなんでしょ?僕じゃ敵わないじゃないか!」
「いや、実休はそういうんじゃないでしょ…」
「じゃあ何だっていうのさ!」
こういう時、燭台切の方が口が立つものだから福島は辟易してしまう。ひとつ返せばみっつよっつと返ってくる。その上、こちらが言葉にしづらいことばかりだ。
「何って、実休光忠の逸話に憧れはあるけど、それを別にしたらやっぱり兄弟、かなぁ…」
「逸話!どうせ僕は青銅の燭台を切った逸話で、あっちは信長公の遺愛の刀で…」
「光忠」
少し鋭く名前を呼ぶと、すとんと黙る。それはしてはいけない話だ。言葉にせずとも燭台切にもわかっているらしく、気まずそうに視線を彷徨わせる。
「逸話の話をするのなら、俺の逸話の弱さを実休の持つ部分からぶら下げるようにもらっている。そうすることで二度焼けた実休を補強する。そういう話になってしまうよ」
「……ずるいよ。ふたりだけそうやって補い合って。僕だってそういうの欲しかった」
「光忠…」
「だってこのままじゃ、また兄さんは僕だけの兄さんじゃなくなっちゃうじゃないか!」
「……そうは、ならないんじゃないか?」
「なるよ。言っておくけど僕、今でもまだ日本号さんのこと警戒してるからね!」
「ああ号ちゃん、弟がすまない…」
思わず遠い目をする。何せ燭台切は日本号に向かって福島をかけての決闘を申し込まれたのだ。飲み取りの槍が飲み取られた家の刀をかけて決闘を申し込まれる。なかなかに頭の痛い状況を笑って受け入れ、真剣に勝負してくれた。何度思い返してもあの時の日本号は男前だった。
「……今、日本号さんのこと考えたよね?」
ずい、と燭台切が顔を寄せる。
「うん、まあね。あの時号ちゃんが笑い飛ばさずに決闘を受けてくれたおかけで、俺と光忠はこうしてふたりでいられるわけだしね。感謝しないと」
微笑んでもじとりとした目を向けられる。この弟の悋気は本当に激しい。
「日本号さんとは、本当に何もないんだよね」
彼の槍とはかつて主を同じくした友だと何度も話しているのにこれだ。
「それを言うなら、俺だってお前と伊達のみんなとの関係を疑ってしまうよ」
「みんなとは何にもないよ」
「なら、俺と号ちゃんも同じだよ」
でもとかだってとか言うが聞き流す。と、いうか嫌な予感がする。
「……お前、もしかして他の光忠や正則んとこの刀が来る度に同じことする気か?」
すっと目を逸らされる。図星だなこいつ。深くため息を吐く。
「あのさ、号ちゃんにしろ実休にしろ他の光忠や正則んとこのやつらにしろさ、縁があるのは確かなんだから付き合いはしないとだろ?」
それとも俺が孤立してる方がいいのか、と問えばゆるく首を振られる。
「でもさ、俺が光忠って呼びたいのもこんな癇癪に付き合っちゃうのも、好き勝手体暴くのを許しちゃうのも、ぜんぶお前だけだって、お兄ちゃんとしてはそろそろわかって欲しいかな」
ね、光忠。と至近距離にあった顔を更に近付ける。唇同士が触れて、チュ、と小さく音を立てて離れる。ぼっと火がついたように燭台切の顔が赤くなる。
ぎゅうと抱きしめられるのでこちらからも腕を回す。
「……とりあえず、光忠は全員僕が倒すから」
「倒すって物騒だなぁ」
「手始めに実休さんから始めるよ」
「ドンマイ、実休」
「だからあなたは僕を選んで」
「もう選んだよ」
よしよしと頭を撫でながら福島は願う。このかわいい弟が、自分だけを見続けてくれることを。そしてこの浅はかな願いが弟に知られないことを。
福島だって口にしないだけで弟の交友関係には嫉妬しているのだから。
癇癪を起こす燭台切光忠。
逆っぽいけど燭福なんです。
燭台切光忠の弟ムーブが見たい…
2023/08/27