きっかけは一輪の花。
 出撃報告に来た福島の去った後に誉れ桜ではない花が一輪だけ落ちていた。心当たりはあるかと問えば特にないと言う。そういえばこの本丸の福島光忠は世間一般のイメージに比べて圧倒的に花に触れていない。
 理由は健啖の言葉に収まらないほどの量を食べないと空腹で満足に動けないからだ。まるで何か別のことに霊力を使っているかのような減り方。けれど自覚症状はない。
 本丸で過ごす福島は己の非ではないはずの欠陥に常に申し訳なさそうにしている。
 解消する術を見出したい。今日も審神者は文献を漁る。

きみをみたす

 この本丸の福島光忠はよく食べる。
 同様の男士によくいる量を食べられば栄養バランスは気にしないというタイプとは異なり、肉も野菜も満遍なく食べる。端的に言えば本丸の食堂にある五つの定食セットを毎日毎食全種類食べ切っている。で、あるのに十時のおやつにロールケーキ一本、三時のおやつにジャンクフードかホールケーキを食べている。もちろん夜食を求めて厨に顔を出すことも多い。
 身体測定の際に着痩せするタイプだと発覚したが、それでもこの体のどこにその量が入っているのだろうかというのは皆が一様に思っていた。慣れとは恐ろしいもので、本丸の男士たちの中にこの量に驚くのは新入りだけで、ある種洗礼と化している。
 一度、これは絶対におかしいと燭台切光忠が強く主張した時に審神者が同意したことで政府施設にて精密検査を受けることになった。が、検査結果に問題はなく正常。あえて挙げるならば霊力の代謝が他の者より激しく、平時も消費と補填を繰り返している点だった。その理由については不明。食事で対応可能ならばそれで対応するようにとの返答とともに福島は政府施設から帰ってきた。帰還後、食べられなかった分を取り返すように食べていたのは言うまでもない。

「……お前、もう食ってんのかよ」
「んむ!ごうひゃん!」
「……いいから食ってろ」
 福島はその食事量のせいで食堂が開放されてすぐに席に着く。まだ人気がまばらな頃に端の席を陣取ってもぐもぐと定食を平らげ、ピーク時にも席を譲らず食事を続け、厨番以外が食事を終えた時にようやく福島も食事を終える。あまりにも長居をするから早く食べようとしたところ、お前の量でやるのは体に悪いと厨番全員に正座で叱られた結果、一膳ずつ順に取りに行くようになったのだ。
「今何個目だ?」
「ひゃん」
「食いながら話すな」
 器用に箸をまとめて指三本立てながら言う。折り返し。それももうすぐ片付くところだ。
「号ちゃんは今日の夕飯どうするんだい?」
 膳を空けた福島が皿をまとめながら問う。
「俺ぁお前が食ってるの見ながら飲んでるわ」
「ご飯、いらないのかい?」
「……お前の食ってるとこ見るだけで腹一杯なんだよ」
「ふぅん」
 納得したようなしていないような返事をし、席を立つ。次の膳をもらいに行くのだろう。動いた拍子に福島の頭からするりと黄色い小さな花が卓に落ちる。気付かぬまま向かったのを確かめてからその花を口に放り込み、そして何食わぬ顔でその後を追った。

 この本丸の福島光忠にはもうひとつ、他にはないであろう特徴がある。
 一般的な個体が作り出す薔薇以外にも、霊力の欠片を花として顕現させることができるのだ。けれどそれは本丸の仲間にも知られていない。さすがに審神者は知っているだろうが、福島自身にも自覚はない。
 爪の先ほどのその小さな花だけで日本号の腹は満ちる。
 
 あの花を食べていいのは、自分だけだ。

close
横書き 縦書き