福島光忠は空腹に呻いていた。
部屋にあった間食の備蓄はすべて食べてしまった。
思えば、人の身を得てから満腹だと感じられたのは顕現祝いの宴の間だけだった。その後はどれだけ食べても空腹感は無くならない。
さすがに出陣中に空腹で隙が出来るような無様は晒さないが、反動で食べる量が増す。何故、自分ばかりがこんなに腹が減るのかといつも頭を悩ませている。
「……おなかすいた」
体を丸めて小さくなる。
今日の福島は何の当番も割り当てられていない。つまり非番だ。こういう時、大抵の福島光忠は花を摘んできてアレンジしたり、周囲と歓談するのだろう。福島だってそうしたい。けれど残念ながらそんな余裕はない。食料をもらえるまでの時間を自室に篭ってやり過ごす。そうしなければ最悪本丸内で行き倒れてしまう。
一度花が好きという短刀たちと一緒に野花を摘みに行ったことがあったが、途中で空腹に耐えられず動けなくなってしまった。その時は持ってきたおやつを分けてもらうことで難を逃れたが、これを経てなお趣味に挑む気力は福島にはなかった。
「うぅ……号ちゃん…」
ぐるぐると腹が鳴る。さっき水を飲んだせいか空腹感が余計に増している。
非番の日は大抵日本号の近くにいる。お腹を空かせて座っているだけの福島を日本号は何故かそばに置きたがる。そして何故か周りもそれを容認している。もっとも、部屋でひとり動けなくなっているよりも、運べる日本号といた方が手間がかからないということなのだろうけれど。
だがその日本号は今日、遠征部隊に入っている。おおよその戻る時間は聞かされているが、あとどのくらいかはわからない。
「……ごぅ、ちゃ…」
意識が朦朧としてきた。いっそ眠ってしまった方が楽かもしれない。おやつの時間を教えてくれる面々には起きるまで殴っていいと伝えてあるし、彼らはそうしてくれる。本当にやられた時は驚いたが、起こさなかった時の方が面倒だったらしいから仕方ない。
ぼんやりと意識が翳っていく。意識が落ちかけた、その刹那。
「おーおー、今日はまた一段と散らかしてんなぁ」
「……ご、ちゃ…?」
「よぉ光忠、戻ったぜ」
重い瞼を持ち上げると、そこには日本号がいて何かを胸元に仕舞い込んでいた。
「……ごーちゃんだぁ」
横たえていた体を抱え上げられる。ぐぅぐぅとお腹を鳴らす福島を労ってか、髪を梳くように何度か撫でられる。それから何かを口に運ぶ動作。
「……号ちゃん、今なんか食べた?」
「ん?ああ、飴だ」
「飴かぁ…」
飴やガムは味を長く楽しめるけれど、あまりお腹に溜まらないから好きではない。けれど、そんなことを言っている余裕はなかった。
「俺にもちょうだい」
「……ん!?」
日本号の手を口元に持ってきて咥える。日本号の手は何も持っていなかったはずなのに、あれだけ暴れ回っていた空腹が少しだけ落ち着いた。
「お、おい、光忠…?」
「……?何でだろ?」
首を傾げている間に手は離れていき、抱え上げられる。
「八つ時だ。今日はタルトだとよ」
「え、ほんと!?」
「運んでやっから掴まっとけ。お前歩く体力ねぇだろ」
部屋から連れ出され広間へ運ばれる。気持ちは既に広間で待っているおやつの方へ向かっている。
「今日のおやつ、何かなぁ」