なんてことのない一日のはずだった。
 その日も福島は空腹と戦いながら洗濯当番の仕事をしていた。
 本丸に流れる長閑な空気を壊したのは出撃部隊の帰還とともに伝えられた報告。
 日本号が重傷を負って手入れ部屋に運び込まれた。
 その一報が入ってから、本丸はちょっとした騒ぎになった。
 出撃していた部隊には他にも中傷の者が何名かおり、審神者や他の者たちも慌ただしく動き回る。
 そんな中、それは起きた。

 * * * * *

 はじめに気付いたのは燭台切光忠だった。
 本丸の慌しさもひと段落した頃、ふと、見慣れた顔を食堂で見ていないことを思い出す。
 流石のあの人も食欲がわかなかったのか。それでも普段の食事量を考えるに空腹は抱えているだろう。考えてとりあえず一人前の食事を持って福島の部屋へ行く。
「福島さん、大丈夫?ご飯持ってきたけど…」
 声をかけるが返事はない。まさか回復祈願に食事断ちとかしてないよね。不審に思いながらもう一度声をかける。が、やはり返事はない。
「福島さん、開けるね」
 彼の場合単純に空腹で動けなくなっている場合の方が多い。経験からの判断で襖を開けた燭台切の顔面が蒼白になる。
「寝てる?……っ、兄さん!!」
 部屋の中に踏みこんで、福島の身体を揺する。振り落とされた食器がガシャンと派手な音を立てて落ちるが構っていられない。
 突然の騒ぎに何だ何だと様子を見にきた者が見たものに息を飲む。
 力無く横たわる福島を必死に揺さぶる燭台切。それだけなら何度か見る光景だ。
 異様なのは福島の頭部を中心に色とりどりの花が散らばっていたことだった。

 * * * * *

 手入れ部屋で目を覚ます。気配に首を回すと審神者がいた。
 日本号。体は動くか。
 いつになく神妙な声で問う。答える代わりに体を起こす。すると審神者が口を開いた。
 日本号、どうか冷静に聞いてほしい。あなたが手入れ部屋に運ばれた後、福島光忠が倒れた。
「は、光忠が…?」
 どうして、と問う前に首を横に振る。わからない、ということだろうか。審神者は続けた。
 第一発見者は燭台切光忠。あの健啖家が食事に顔を出さないことを案じて様子を見に来たところ、室内で花に囲まれて倒れていたらしい。
「花…?」
 半ば恐慌状態の燭台切を取り押さえて、審神者の元へ運び込まれたという。その間にも福島の髪からいくつかの花が落ちているのを多くの男士が見た。
 審神者がもう一度日本号を呼ぶ。
 日本号、あなたはその花と福島光忠の関係を知っているのではないか。
 真っ直ぐと射抜く視線。日本号は深く息を吐いた。
「ああ、心あたりがある。あいつは気付いてないが、お決まりの薔薇以外にも霊力で花を作ってる。何がきっかけかはわからない。だがだいたい耳の後ろあたりに咲くせいであいつは気付いてないみたいだ。そして花が開くと決まって腹が減ったと呟く。俺がわかってるのはそんなもんだ」
 日本号の説明に思ったより知っていると審神者が苦笑する。それからまた、真剣な顔になる。
 空腹を訴えるタイミングから霊力を利用してるのは確かそうだが、花が霊力で出来ていると言った根拠は何か。
 その問いに日本号は視線を泳がせるが、引きそうにもない気配に観念した。
「……これはあんたにだからいう話だが、俺はたまに、あいつの髪から落ちてきた花を食ってるんだ」
 審神者の顔に困惑が浮かぶ。けれど遮らずに話を促す。
「最初は興味だった。あまりに美味そうに見えて仕方ないから、爪くらいの大きさの花を食ってみた。そしたらその後やけに調子が良くてな。多分、持ってる薔薇と同じで霊力の塊なんだろうと思ってるだけだ。別に飯に不満はねぇが、何より美味いと思った。あいつの花が一番美味いんだよ…」
 気まずくなって目を逸らす。審神者は何かを考えている様子だった。
「なあ、福島が倒れたって言ってたが、今どうしてるんだ?」
 審神者の顔が固くなる。それだけで現状が理解できた。
「……どこにいる?」
 日本号の問いに審神者は硬い声で案内すると腰を上げる。後に続いて立ち上がる。手早く着替えて手入れ部屋を出ると審神者は廊下で待っていた。
 このままでは福島が危ない。予感が頭から離れなかった。

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