審神者の居室棟、霊術鍛錬場――通称審神者の霊術実験場。
 四枚の札に囲まれた物々しい結界の内側に福島は横たえてられていた。視線で問うと審神者は淡々とした調子で霊力供給用の結界だと答えた。
「あんたから見てここまでするほど悪い状態なのか」
 審神者の答えは簡潔だった。
 花の生成量が多くて肉体維持を自力でできなくなっている。この結界から供給している分も大部分がそれに使われている。辛うじて魂は保っているがそれも時間の問題である。
「燭台切でも実休でも、俺が寝てる間に他の奴らにやらせなかったのか?」
 投げた言葉に審神者がちらりと日本号を見上げる。フンと鼻で笑う。それから、はっきりと口にした。
「やらせるつもりもないくせに、よく言う」
 カッと頭に血が上る。けれど言い返せない。審神者の言葉は間違いなく日本号の本心だった。福島に何かあるのなら、それを取り除くのは兄弟刀たちではなく、自分自身でやる気だった。深く息を吸って、吐き出す。
「……それであんた、俺に何をさせる気だ」
 それは福島光忠次第だ。とりあえず行ってやれ。寂しがっている。
 審神者はそう言って福島の頭部を指し示す。そこには部屋でひとり空腹に耐える福島が頭に乗せている黄色の花がいくつかあった。
「光忠…」
 早く。審神者が背を叩く。なんてことない衝撃だが、一歩一歩足が進む。
 結界を潜り抜けて福島の元へ。かがみ込んで声をかけると息も絶え絶えな福島が、ゆっくりと瞼を開けた。
「……ご、ちゃん?」
「無理すんな」
「ごぉちゃん、けが…」
「手入れで治った。主のおかげだ。それより、お前死にそうじゃねぇか」
「おれは……へーき、だよ」
 よく出てくる黄色の小さな花が咲いた。さて、どうしたものだろう。考えながらいつものように髪を梳く。乗っていた紫の香草が揺れて香りが強くなる。美味そうだ、なんてことを頭の隅で考える。
「なあ光忠、この花、みんな俺にくれねぇか?」
「はな?」
 少し考えた後福島はラベンダーが欲しいのかと聞いてきた。
「ラベンダーっつーか、そいつもだが、他のもみんなだ。黄色も赤も橙も白も、全部寄越せ」
「ふふ、ごうちゃん、ほしがりさん、だねぇ…」
 小さく笑って目を伏せる。
「……白い花も、か……ちょっとちがうかもしれないけど、ごうちゃんなら、いいよ」
「そうか、ありがとな」
「だすからちょっと、まって、て、ね…」
 薄く瞼を開いた福島と視線が合った、その時だった。
 目の前を何かが横切る。咄嗟に身を逸らして確かめると、それは蔦だった。蔦が福島を覆うように生えていく。
「光忠!――っつ!」
 蔦なら引きちぎればいい。そう思って掴んだそれには棘が生えていた。
 日本号。鋭い声で呼ばれ振り返る。見れば審神者が片膝をついている。反転しようとする前に、声が飛んでくる。
 福島光忠の霊力反応が弱まっている。原因は今の蔦の生成。こちらの霊力も多く持って行かれた。早くその蔦から出さないと、福島光忠が危ない。
 言われて足元の蔦の塊を見る。
 茨は繭のように福島を覆い隠していた。

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