ぶちぶちと茨を千切っては放り捨てる。グローブまでつけてくれば良かったと思ったのは一瞬で、それよりも中で眠る福島を出してやることで頭がいっぱいだった。
 審神者としては並の霊力を持つ主が、一瞬姿勢を崩すほどに大量の霊力を使って作った茨の繭。
「欠食男士のくせにお前はなにやってんだ!!」
 絶対引きずりだしてたらふく食わせてやる。
 燭台切をはじめとした厨番の連中は何だかんだ言って福島の食べっぷりを気に入っている。
 あの量を平らげる胃の心配をした実休は薬研藤四郎に相談していたことを知っている。
 あまりに簡単に請け負うから眉を顰めるが、残したものが無駄にならない安心感から弟たちが苦手に挑戦するようになったと一期一振が言っていた。
 外出ができないと落ち込んでいたのを見た新撰組や大食いの連中がよろず屋街の安くて量を食べられる店を調べてくれている。
 前に迷惑をかけたと遠慮している短刀たちだって諦めていない。福島のために持ち運びやすくて腹持ちのいいお菓子を研究しているのだ。
 誰も彼も、空腹に難儀している福島が少しでも過ごしやすいように考えてくれている。
 空腹なんかがお前が本丸にいてはいけない理由にならない。それなのに、だ。
「お前、こんな戦場でもないとこで死にかけてんじゃねえよ!!」
 いや、戦場でもよくないが。
 独りごちてまたぶちぶちと茨を引きちぎる。槍を振う手は皮が厚く、簡単には傷付かないが限界だってある。ぶつりと皮を破って鋭利なものが刺さる感触。
「――っつ!」
 それが、なんだというのか。
 ここで引いたら、福島を失うことになる。そんなことは御免だ。
 足元に落ちていた花。名前は後で聞くことにする。それを拾って口に放り込む。
 ぶつ。ぶち、ぶち。
 力任せに引きちぎり続けてようやく福島の顔が見える。
「光忠!」
 茨の影になっていてもわかるくらいに福島の顔が白い。早く出さなくては。両手で茨を掴んで肩が通るくらいの大きさまで穴をこじ開ける。穴から上半身を引き上げたところで、日本号は目にしたそれに動きを止める。
「……は?」
 福島を覆っていた茨は彼の右肩に、右肘に、右手の指先に、まるで右腕の火傷痕全体から生えているように伸びていた。

 * * * * *

 福島を抱えたまま、日本号の思考が停止する。
 何故、こんなことに。
 考えてみれば、頭に花が咲くのであれば他の部位からも植物が生えていてもおかしくはないのかもしれない。
 それよりも問題は依然意識を取り戻さない福島の方だ。果たしてこの茨は引き千切って大丈夫なものか。試しに軽く引っ張ってみると腕の中の福島が小さく呻く。戻すわけにもこれ以上引き出すわけにもいかなくなった。
 審神者に霊力を注いでもらうか。そちらを振り返れば壁に寄りかかって座っていた。あの状態では難しいだろう。
 どうにかして、福島を起こさなくては。でも、どうやって?

――王子様のキスで、お姫様は目覚めるんだよ

 不意に、いつか誰かが言っていた言葉が頭に浮かぶ。
 見下ろせば人形のように温度のない福島の顔。頬に触れても体温は感じられない。つなぎで掌に滲む血を拭ってから福島を抱え直しその顎を固定して、唇を寄せる。
 口移しでの霊力の譲渡。それ以外もう、日本号は思いつかなかった。
 舌でそっと唇を割り開き、隙間から霊力を流し込む。

 * * * * *

 どのくらい経っただろうか。
「……ん……ぅん…?」
 福島が小さく呻いたのでそっと様子を窺う。
「光忠?」
「ん……ご、ちゃ、俺…」
「ああ」
「おなか、すいた…」
「……そうか」
 あまりにもらしい一言に思わず脱力する。すると福島の手が日本号の顔に添えられ、ぐっと引き寄せられる。
「おい」
「もっと、ちょうだい」
 今度は福島の方から口付けられる。半端に開いた口から舌が入り込み、日本号の口の中で遊び始める。
 これは言葉通りの意味だろう。仕方なく吐息に混ぜて霊力を送り込む。
 まだ終わってはいないだろうに、この満足感は何だろうか。

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