霊力を送り込んでからどのくらい経ったか。
不意に福島の様子が変わった。
「んぅ!?」
それまで陶然とした様子で伏せていた目が驚いたように見開かれる。次いでどんどんと胸を叩かれ日本号は眉を寄せる。抱き寄せる腕の中からも抜け出そうとするので離してやる。名残惜しいが仕方ない。
「え?何?何で俺たちキスしてたの?」
疑問しかない口調で言われてやれやれと肩を落とす。
「お前、覚えてないのか?」
「覚えて…?あれ、そういや号ちゃん怪我は?重傷だったんでしょ?」
「そっからかよ…」
額に手を当ててため息を吐く。
「いいか。お前は腹減ってんのに飯も食わずに花作って、作りすぎて」
「号ちゃん、俺花なんて作ってないよ?」
「大人しく最後まで聞け。お前無意識で薔薇以外も出してんだよ。で、花作んのに霊力使い過ぎてぶっ倒れて、主の霊力ばか喰いしたくせに、まだ足りねぇっつうから俺の霊力分けてたんだ」
本当はもっと色々あったがそこはそれで割愛する。そのうち必要なら話せばいいことだ。
福島は納得したようなしていないような顔で日本号の言葉を反芻している。
「で、お前腹はもう平気なのか?」
「え、お腹?いっぱいじゃないけどぺこぺこで苦しいって感じはないよ」
「ならいい」
「そっか……これ、号ちゃんの霊力なのか…」
腹をさすりながら呟く福島はどこか夢見心地だ。
「あったかくて、なんかすごく幸せだ…」
「……そうかよ」
何となく目に毒で視線を逸らす。右腕にはまだ茨が残ったままだ。
「光忠、お前の腕のそれ…」
「あ、そうだ!」
何かを思いついたのか、日本号の言葉を遮って福島が声を上げる。
「俺、号ちゃんに花あげるって約束しなかった?」
「花?」
くれとは確かに言った。言ったがその後の出来事が出来事のせいで忘れていた。もちろん今でも欲しいが、あの出来事のせいで迂闊に頷けない。
「号ちゃんに白い花あげるねって約束したような気がするんだけど、頭がぼんやりしててさ。今出すからね」
日本号が逡巡する間に、福島はパッと手元に花を出す。
「俺、薔薇とこれなら簡単に出せるんだ」
「光忠、これは…」
はいどうぞ、と差し出された花を受け取る。
「白いオモダカの花言葉は高潔と気品。君にぴったりの花言葉だ。でも、それ以上に俺と君との間にこの花以上の花はないと思うんだ」
澤瀉。福島家の家紋に使われた花。福島光忠から日本号へ贈られるなら確かに何より相応しい。
手元の花に視線を移す。三枚の小さな花弁。よく見るとその色は記憶にあるものよりもくすんで見える。どういうことだろうか。福島は白だと言った。けれどこれは灰色に見える。思った通りの花を出せるほどには回復していないのか。心配になり視線を福島に戻す。にこにこと嬉しそうに日本号を見ていた彼は目が合うとにこりと微笑んだ。
不意に、とさりと何かが落ちる音がする。視線を遣れば茨が折り重なっている。福島の腕を見れば生えていた茨がすべて抜け落ちていた。
解決、ということだろう。日本号は安堵の息を吐く。審神者の元に戻ろうかと口を開いた、その時だった。
ぐうぅぅ…
なんとも気の抜ける音が鳴る。
当然だろうな、花作ってたし。納得する日本号とは反対に福島は頬を赤らめながら視線を逸らしていた。
「号ちゃん、お腹すいた…」
「ははっ!んじゃあ主連れて戻るか。ほれ、出て来い」
「ねえ、今更だけど何で俺こんなことになってるの?」
「そいつは飯食いながらゆっくり話してやるよ」
茨の繭に半身が埋まったままの福島の全身を持ち上げて立たせる。歩行に問題はないので途中で審神者を回収し、揃って霊術実験室を後にした。