この本丸の福島光忠は、相変わらずよく食べる。
と言っても少し前までの毎食五人前生活と比べれば多少は落ち着いた。
食事は三人前で済んでいるし、おやつに食べるホールケーキは朝夕合わせてひとつになった。夜食を求める頻度も減った。
変わったこともある。
「福島さん、今日もよく食べるね」
「あ、光忠」
「あなたも光忠でしょう。それに、満足してくれて何よりだよ」
「わかるかい?」
「ふふ、福島はわかりやすいから、ね」
燭台切との会話を隣で聞いていた実休が微笑みながら福島の頭に手を伸ばす。触れた先にはピンク色のグラジオラス。はい、と渡されて福島が照れたように頬を掻く。
「まいったな……ダダ漏れじゃないか」
「そういうわかりやすくて形に残る反応、作る側としては嬉しいよねって、小豆くんとも話してたよ」
「何それ、恥ずかしいよ!」
「僕は食べる量が減ってくれて安心してるよ」
「いつも尋常じゃない量を食べてたからね」
「号ちゃんくんのおかげかい?」
実休の問いに突っ伏した福島を兄弟刀たちが楽しそうに笑う。その髪の毛からは多くの花が生まれている。周囲の席の者は我関せずか微笑ましそうにその様子を見ていた。
福島光忠が霊力を用いて花を生み出すことは本丸中の知ることとなった。薔薇と澤瀉は手元に自由に生み出せるが、他の花は髪に勝手に咲いていて、福島の意思によるものではない。
本丸の仲間たちが受け入れるのは早かった。元々薔薇を携えて顕現した男士であるし、真剣必殺の時に花弁が舞っているのだから、そういうこともあるのだろう。何より昏倒していたあの時福島の頭から花が咲いては落ちていく様を見た者が多かった。
今では何をしたらどんな花が咲くのか、もっぱら皆の関心を引いている。本丸には娯楽が少ないのだ。
* * * * *
変わったことはもうひとつある。
「号ちゃん」
寝間着に着替えた福島が日本号の袖を引く。日本号はそっと近付き、口付ける。
* * * * *
あの後、霊力が回復した審神者に二人揃って呼び出された。そして福島と、日本号の身に起きている症状について説明してくれた。
曰くあれは遥か昔に失われた花を媒介に霊力を得ていた一族の儀式を模したものであると考えられる。それが自分たちの身に強く現れた理由はわからないが、生活する上で注意点がいくつかある。本来花を生む時には苦痛を伴うものであること。福島はそれが飢餓感という形で現れていたため食事で紛らわせることができた。けれど問題の本質は解決できていない。花を生むものが本能的に求めるのは、花を食うことができるものの体液しかない。
体液、という単語に二振りとも一瞬面食らったが、元が人間同士の儀式であるならさもありなんと言ったところだ。
「でも、花を食べるって?」
そんな者いるのかと首を傾げる福島に、いるんだなーお前の花が大好物な奴がお前の隣にいるんだよと苦い顔になる。
宛てはある。そう言って審神者は日本号を見る。福島は話が飲み込めないようで、二、三度瞬きを繰り返した後、え、と目を見開く。
「号ちゃん、俺の花食べてたの!?」
「まあ、そうだな…」
「何で?」
「美味そう、だったから…?」
最高に美味い食い物だったらしいぞ。審神者の茶々に睨みつけるがどこ吹く風だ。福島は福島で何故かひどく打ちひしがれていた。
「光忠?」
「俺、花を手に入れた一番にアレンジして主と号ちゃんにあげようと思ってたのに……号ちゃん、俺から勝手に花持ってっちゃうなんて…」
さめざめと泣く福島におろおろしていると、審神者がここでお知らせがありますと口を開いた。
日本号の体液があれば福島光忠は周りと同じ食事量で普通に活動できる。
「本当かい!?」
審神者が頷く。期待に胸を膨らませ目を輝かせる姿に日本号も胸を撫で下ろす。福島がどれだけのことを諦めていたかはよく知っているのだ。と、審神者が日本号を呼ぶ。
どこまで体液を与えるかの匙加減は任せるが、誤魔化す相手は自分ではないことを頭に入れておけ。
「誤魔化す相手だ?」
一振り、いや二振りかもしれないがいるだろう、福島光忠の身内に食事量を把握している者が。急激に減ったら怪しまれる。
審神者の言葉に爽やかな笑顔で芋を握りつぶす男士の顔が二つ、浮かぶ。あれは確かに厄介だ。
明日、全員に福島光忠の体質について説明する。体液は霊力に置き換えておく。それと、全員に言っておくが特に二振りには念押しをしておく。
神妙な顔で審神者が一度言葉を切る。日本号も福島も首を傾げる。
これは未知の出来事だ。現状最大任務である戦闘に影響は出ていないが、今後も同じ保証はない。何が起こるかわからない以上、常に覚悟しておいてほしい。
頷く。脳裏に浮かぶのは茨の繭で見た青白い顔の福島。もう一度あんなものを見るのは御免だ。
二振りの様子に審神者は納得したように頷く。
では、二振りは今日から同室で寝起きするように。
「は?」
「え、ちょ、随分急だね?」
これは主名だ。それにその方が何かと都合がいいだろう。
言いながら日本号を見てくるあたりもうこの主には筒抜けなのだろう。
「話は終わりか?なら戻るぞ」
「うぇ、号ちゃん!?」
立ち上がって福島の腕を引いて歩く。
こうまで露骨に発破をかけられたのは気に食わないが、ここは乗っておくことにした。
* * * * *
「腹一杯か?」
「うーん……もう少し、かな」
唇を離して問うと小首を傾げて強請られる。
「そうか。じゃ、満足するまで食え」
もう一度唇を寄せる。きっと、福島が満たされるまで何度でも繰り返すのだろう。
心身ともに満たされた福島の生んだ花は、きっと極上の味だ。