いじわるばっか

 福島の部屋に行くと、彼は花をいじっていた。
「……それ、誰にあげるもの?」
「ん?別に誰にってわけじゃないよ。綺麗に咲いていたから、押し花にでもしようかなってね」
「そう」
「実休もやるか?」
 誘われるままに隣に座る。福島の用意する小さな花を丁寧に薄い紙の上に並べていく。
 ぱちん、ぱちんと鋏の鳴る音。静かな時間が心地良い。
「ねえ福島」
「何だい?」
 答える声は穏やかで。今ならきっと上手くいく。
「僕のものになってよ」


「……で、結局許しちゃうんだ」
「しょうがないでしょぉ、実休が答え出しちゃったんだからさぁ」
 燭台切の言葉に福島はぺたんと卓に突っ伏す。
「僕が意外なのは、あの答えであなたが納得したことの方かな。あなたの理想とは違ったわけでしょう?」
「それはまあ、そのうちそっちに転ぶんじゃないかなって。主曰く、恋は独占欲と所有欲の延長らしいし」
「あの思考と感情が世間からズレた主くんの言うことだからなぁ…」
「いいんだよ、俺が納得したんだから」
 苦笑する燭台切は福島から隣にいる僕へと視線を移す。
「それで、実休さんはさっきから何をしているの?」
「あみこみ、っていうんだっけ。髪の毛を編んで、その中にこれを入れたらかわいいかなって」
「いや、俺飾っても可愛くないでしょ。そういうのは乱くんとか加州くんとか……いたたた、引っ張るなよ」
 福島の主張は無視をする。僕が飾りたいのは他でもない福島なのだ。そんな僕らのやり取りを燭台切は形容し難い目で見ている。
「まあ、あなたたちがくっつこうがそうでなかろうが、僕と主くんに迷惑がかからなければ構わないんだけど」
「待って光忠、それ薄情じゃない?」
「感情学習中の福島さんに先輩からひとつ教えてあげる。人間関係って程よい距離感が重要だよ」
「光忠はもう少しお兄ちゃんに優しくてもいいんじゃないか……って、おい実休引っ張るな」
「それじゃあ僕はもう行くね」
 そう言ってさっさと席を立つ燭台切に福島は不服そうだ。じとりと僕を睨んでくる。
「お前、光忠といる時はもう少し控えろよ」
「じゃあ号ちゃんくんといる時もっとやっていい?」
 僕のものになったのに、福島は相変わらず日本号に懐いている。独り占めしたい気持ちと楽しそうな福島を天秤にかけて、何もしていないだけだ。
 僕の質問に案の定苦い顔をした福島は小さい声でいじわる、と呟いた。ふふ、と笑いながら、ふと先程の二振りの会話を思い出す。
「ねえ福島」
「なんだよ」
「福島の理想って何だったの?」
「は?」
「燭台切と話してただろう?僕は理想とは違ったって」
 その話を聞いて僕は気分が悪くなって、福島にいたずらをしてしまったのだ。福島の理想。僕でもなれるならなりたい。
 福島はそこでようやく理解したみたいでああそれね、なんて軽い調子で言う。突っ伏したまま顔だけこちらに向けた福島はにんまりと笑って。
「秘密」
 そう告げると体を起こして手櫛で髪を梳かしてしまう。
「じゃ、俺も行くから」
「待って、答えてよ」
「はは、やだよ」
 そうして伸ばした僕の手をすり抜けて行ってしまう。いじわるしたくなった時、くるりと福島が振り返る。
「理想とは違ったけど、そのうち実休にもわかるだろうから」
 だからまだ知らなくてもいいんだよ。そう言い残して福島は今度こそ部屋を出て行った。
 置いてけぼりをくらった僕は一人残された部屋でぽつりと呟く。
「……福島って、いじわるだ」
 だけど僕は知っている。福島は日本号にも燭台切にもいじわるはしない。
 
 福島がいじわるなことを言うのは僕だけなんだ。

無事最後までいった無自覚の実福。
どっちも相手にはいじわるなことをしてしまう二振り。

2023/08/31
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