いじわるなぁに

「へぇ、福島さんはそこで線を引くんだ」
 少しだけ意外そうに燭台切が言う。線とは何だろうか。
「福島さんが許すことの境界線だよ」
「何がその線なんだい?」
「それは言えない。フェアじゃないからね」
 ぴしゃりと返した燭台切は特に気にした風でもなく作業に戻り、途方に暮れる僕を追い出した。
 薬研くんに、宗三に、へし切に相談したら、みんなそれぞれに顔をしかめた後、僕が悪いと言われた。そんなものはわかっているのでどうしたら福島が許してくれるかを僕は知りたいと訴える。でも、それについては誰も教えてはくれなかった。
「福島の反応についてなら不本意だろうが俺たちよりも日本号に聞いた方がマシじゃないか?」
 へし切の助言はその通りだ。胸の中が気持ち悪いけど、日本号に聞きに行く。
「色々言えるほど長い付き合いでもないんだが……あー、そういやあいつ本気で怒ると黙るな」
「そういう時どうしたらいいんだい?」
「……残念だが、必要な場以外避けまくるし、そこで話しかけても最低限しか口開かねえと思うわ」
 なんということだ。僕はそこまで福島を怒らせていたらしい。愕然とする僕の肩を叩いて日本号は言う。
「いつになるかはわからんが、気が済んだら戻るから安心しろ」
「……ありがとう」
 いい奴なのにどうして僕は彼が福島といるのを許せないのか。少しずつわかってきたような気がする。

 これだけ困らされたのに、福島はあっさり僕の前に戻ってきた。
「……え?」
 ここは僕の部屋だ。それなのに福島は平然と居座ってで本なんか読んでいた。まるで怒らせる前のように。どうしてだろう。
「座らないのか?」
 問われて慌てて福島の隣に座る。福島は一瞬びくりと肩を跳ねさせたが、何も言わずに読み進める。
 ぺらり。ぺらり。福島が紙を捲る音だけがする。
 福島が戻ってきてくれて、よかった。燭台切や日本号や他の刀たちといる時の福島は楽しそうだったけれど、それでもこうして僕のところへ来てくれるのが嬉しい。福島が隣にいてくれるのが、嬉しい。
 でも福島は、どう思ってるんだろう。福島は、僕のことを…
「今日は何もしないんだな」
 図鑑に目を落としたまま、唐突に投げ入れられた問いに瞬きをひとつ。今日はしない。嬉しかったのもあるけれど、別に気分が悪くなっていないから。
「その割にじっとこっち見て、どうしたんだよ」
「福島のこと考えたんだ」
 図鑑を辿る手が止まる。
「福島が僕のこと好きだったらいいなって」
 勢いよく顔を上げた福島は目を見開いていた。失敗したかもと慌てる前に、福島の顔が真っ赤に染まっていく。真っ赤な顔で目を見開いて、口をぱくぱくと開いては閉じる福島はとてもかわいい。
「そ、れは……ズルいでしょ」
「そうなの?」
「そうなの!」
 叫ぶように言うと福島は本を片付けて出て行ってしまう。それが少し残念で。ようやく僕は自分が福島をどう思っているのかわかった。
 僕は福島のことが欲しいんだ。

続いてしまった無自覚の実福。
仲直りなので特にいじわるないんです

2023/08/31
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