いじわるやめて

 燭台切に言われたことを考える。
 燭台切たちから生まれた気分の悪さを福島にぶつける理由。
 多分僕は、燭台切たちに怒ってなんかいない。胸に溜まる気分の悪さは福島が原因だ。だから福島にぶつける。次の問題は福島の何が気分を悪くするのか、だ。
 考えていたら部屋の戸が開く。入ってきたのは福島。花は持っていない。戸を閉めて数歩入ったところに足払い。当然姿勢を崩す程度で転ばない。ただ、その姿勢の崩れた肩をとん、と押してやればバランスを崩して床に倒れる。
「あたた……何、実きゅ…」
 半身を起こそうとした福島に覆い被さると、福島が言葉を失い、目を見開く。僕はといえば驚いた顔なんて珍しいとか、もっと顔を近付けたらどうなるんだろうとか。そんな暢気なことを考えていた。
「……何してんの、実休」
 ひどく平坦な声で、もう一度福島が言う。と、同時に腹に強い衝撃。うっと息を詰めた途端に上体を横に退けられ、するりと抜け出される。
 こちらを見る福島の赤い瞳がとても冷たかった。

 僕がするいじわるを福島はとてもたくさん許してくれる。
 怒られたのはふたつだけ。
 ひとつは主が御母上に贈るための大切な花を用意していた時にいじわるをしたら怒られた。福島は時々主から大事な時に贈る花のアレンジを頼まれている。だから何のためのアレンジメントかわからないから花を触っている時は我慢をしようと決めた。
 もうひとつは日本号といる時にいじわるしたらうっかり転ばせてしまった時。目の前で福島にいじわるをしても大抵は笑い飛ばす日本号が珍しく慌てて引っ張り起こした時、福島はとても平坦な声で何するのと聞いてきた。
 何でそんなに怒るのかわからなくて気分が悪くなったけれど、それよりもそこまで怒る福島に血の気が引いて二振りにたくさん謝った。日本号はすぐ気にしてないと許してくれたけれど、福島は何も言わずにどこかへ行ってしまった。しばらく経って話しかけた時にもう一度謝ったら、日本号のことは困らせるなと言われた。本当は福島が日本号といる時はいつもいじわるしたくて仕方ないのだけれど、あんまりいじわるをしないようにしている。

「ねえ、福島…」
「今の、何?何であんなことしたの?」
 謝ろうとしても遮って聞かれる。抑揚がない声。本当に怒った時の声だ。何、って聞かれても。いつものいじわるで。だから僕には理由なんてない。
 福島にもそれはわかったのだろう。ふいと顔を背けると入ってきたばかりの部屋から出ていこうとする。
「待って、福島」
 戸に手をかけた福島がこちらを振り返る。冷たい目。
「あの、ごめんね」
「……アレはさすがにないでしょ」
 それだけ言って福島は部屋を出ていく。
「どうしよう…」
 ひとりきりの部屋でぽつんと呟く。
 福島が怒ると僕はいつも、どうしたらいいかわからなくなってしまうんだ。

続いてしまった無自覚の実福。
福ちゃんだって嫌なことには怒るんです。

2023/08/31
close
横書き 縦書き