ネコを作るブロック

「俺さ」
 頬杖つきながら園芸雑誌をめくっていた福島光忠がおもむろに口を開いたので、山姥切長義は顔を上げた。
 麗らかな午後の長船派共用スペース。山姥切はここ最近はまっているブロックオブジェ作りを楽しんでいた。いくつかあるネコのシリーズをすべて完成させて、揃って南泉一文字に送り付けてやるつもりだ。黙々と作業していたところ熱中していたようで、いつの間に福島が来たのかさえ気付いていなかった。
 そうしてネコが一体完成したところで、福島から声をかけられた。
 自分に言ったのだろうかと目を瞬かせている間に言葉は続く。
「号ちゃんのことはめちゃくちゃかっこいい日の本一の槍だと思ってるし、もう二度と離れたくないってのも本音なんだけど、それとこれとは別だと思うんだよね」
「……それとこれとは?」
 正直最初の単語だけで山姥切は自室で組み立てなかった自分を後悔した。が、それはそれとして刀派の祖たる光忠が一振りである福島が、やけに真剣な顔で、おそらくこちらの作業の区切りを待ってまで口にしたことを雑に流せるほど薄情ではなかった。きちんと聞いた上で事と次第によっては嫌味のひとつふたつ正三位に言いに言ってやろうとさえ思った。
 けれど、福島の答えは斜め上に飛んで行った。
「光忠もさ、自分で決めたスタイルで整えててカッコいいし、戦闘でも生活でもすごく頼りになる自慢の弟なんだけど、そうじゃないっていうかさ…」
「え、燭台切の祖?」
 日本号の話ではなかったのかとか、自分の質問への答えはどうしたのかとか聞きたいことはあったが、突然出てきた名前に目を白黒させているうちに、福島の話は続く。
「実休もさ、あれでいてちゃんと決めるトコは決めるし、俺の態度も許容してくれるあたりはちゃんと尊敬してんだけどなぁ……何でそうなっちゃうんだろ…」
「さっきから、何の話をしているんだい?」
 もしかして独り言だったのだろうかと頭をよぎるが、一応受け答えをしてみる。すると、それまで本に向けられていた視線が首ごとぐりんと山姥切に向けられる。
「みんな、おかしいと思わないかい?」
「だから何がだ」
 いまひとつ要領を得ない回答に苛立ちながらも話を促す。作りながらでいいよという言葉に甘えてパッケージを開ける。
「うーん……やっぱり号ちゃんがわかりやすいかな……何かにつけて俺の右側歩こうとしたり、でも食事の時は左に座ろうとしたり…」
 福島の言葉に普段の二振りの様子を思い浮かべてみる。残念ながら山姥切には仲が良いんだな程度の感想しか浮かばなかった。そもそもあれは福島が望んでしていることだと思っていたが違ったのか。ピースの入った袋を開けて設計図と照らし合わせつつ考える。
「食事の席といえば、何に対する対抗意識なのかよくわからないけど、光忠と実休も隣に座ろうとするんだよね。で、前に二人に挟まれて座ってたのを号ちゃんが見たとき、ものすごい大きな舌打ちしてたんだよね。あんまり感じのいいものじゃないし正三位がそんなことしちゃダメだよって、二振りきりのときに話したらため息吐かれちゃったし…」
 少しずつ出していたピースが勢いよく袋からこぼれる。大丈夫、卓上からは落ちていない。心配する福島に続けるように言うが、何となく話の展開が読めてきた。
「あとはまあ、号ちゃんも、光忠も、実休も。揃いも揃って俺のこと好きだなんだって言うんだよ」
「好かれてるならいいんじゃないか?」
 正直頭が痛くなってきたがなんとか返す。福島はそうじゃないんだと首を振る。
「俺だってみんなのことは好きだよ。でも多分、意味合いが違う」
「へえ?どう違うって言うんだい?」
「愛してるとか、番になってほしいとか、あとは僕の下で鳴いてとか?どう考えても違うだろう?」
 ひふうみと数えて並べて積んだブロックが三段目あたりでぐしゃりとひしゃげる。これでは最初から組みなおしだ。と、いうよりもだ。
「そもそもあなたは日本号あたりと深い仲だと俺は思っていたのだけれど、違うのかい?」
「え、違うよ」
 きょとんとした顔で福島が言う。そこには嘘や誤魔化しは微塵も感じられなくて、山姥切まで驚かされる。
「では、あなたにとってあの三振りは…」
「信頼できる親友と、頼れる弟と尊敬する兄だよ……って、改めて言葉にするとなんか照れるな…」
 薄く染めた頬を搔きながら言う福島を山姥切はぽかんと見つめる。なんということだ。あれだけ熱烈なアピールを受けて、うっすらと自覚さえしていながら、福島の側にはその手の感情は一切なかったのだという。
「あ、ごめん時間だ。厨の仕事手伝ってって光忠に頼まれてたんだ」
 聞いてくれてありがとう。呆然とする山姥切を他所に福島はさっさと部屋を出て行ってしまう。
 なるほど。これから燭台切のアピールタイムなのか。福島の方は手伝い以外の何かを考えていなさそうだけれど。
 それを見送ってから山姥切は無心でブロックオブジェ作りに戻る。幸いネコは最後の一体だ。早々に組み上げて南泉の元に行き、この一連のやり取りを聞かせなければならない。
 ネコは過去最速で完成した。

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