現在日本号は不機嫌だった。
 夏の連隊演習の報酬で実休光忠が本丸に来た。その刀は恋仲の福島が今も昔も変わらず興奮して話す憧れの兄であるから、彼が喜ぶなら良い。福島は戦線の役に立てることはないかと審神者に尋ね、嬉々として遠征に出向いていた。そのあたりまでは良かった。自分も戦線に駆り出されたし、その戦場では稀に福島光忠を回収可能とくれば俄然やる気も出る。この本丸の福島は感情拡張が初期状態のままだ。これを機にいくらか拡張して、自分との関係を進展させたい。
 閑話休題。
 連隊演習の報酬で実休光忠がやってきた。そこまではいい。問題は実休が来てからというもの、福島はそちらに構い通していることだ。
 別に四六時中張り付いて世話を焼いているわけではない。これまで通り日本号の元にも来るし、趣味のアレンジメントも楽しんでいる。もちろん他の者とも時間を過ごす。けれど一日に何度か必ず実休の元へ顔を出し、二言三言言葉を交わす。それは彼の中である程度の時間を置いたら必ず行うことになっているのだろう。ちょっと実休の様子見て来るね、と。日本号と過ごしていてもそう言って席を立つ。すぐに戻ってくるのだが、しばらく経つとまた実休の様子を見に行く。
 はっきり言って、面白くない。
 憧れの兄だろうが何だろうが、恋仲の自分を置いて構いに行くのが気に入らない。百歩譲って縁のある刀が長船の刀以外にいないのなら多少はわかる。ちょっと危なっかしい言動が多い。だが相手は実休光忠、織田の刀だ。福島が構うまでもなく、もっと人の身に慣れた奴が世話を焼く。他の連中だって新入りに対して素っ気無いなんてことはなく、困っている様を見かければ声をかける奴ばかりだ。身内の世話を焼きたい気持ちはわかるが、お前がそこまでする必要はあるのか、と問いたくなる。
 気に入らないことはもうひとつある。
 実休光忠が来てからというもの、福島が審神者の元へ行く頻度が格段に増えた。元々審神者の部屋へ花を飾りに行ったりはしていた。反対にそれ以外の用事で行くことはあまりない。審神者から呼び出されて出向くくらいだ。それが実休光忠が来てから朝晩審神者の元へ出向くようになった。
 何事か問題でも起きているのかと心配して問うたが、曖昧に笑って濁された。そういう返しをされると、己が踏み込んでいいものかと躊躇してしまう。その間に適当な次の話題を差し込まれて流される。そうして問えないままのことが自分たちの間には多くある。
 話をまとめると、実休光忠がやってきた頃から何故か福島は審神者の元へ出向くから自分と過ごす時間が減っており、その減った時間の間さえも実休に意識を割いている。これは明らかに恋仲である自分を蔑ろにしてはいないか。
 そのあたりの思いの丈をぶつけてみたところ、困ったように眉を下げて、ごめんね、今は話せないけどもう少し落ち着いたらちゃんと話すから、でも号ちゃんが悪いってことは絶対にないよと返されて、やはりそれ以上は言及できない日本号だった。
 さて、これはあくまで最近起きている少し気に入らない状況である。日本号が現在不機嫌になっている原因ははっきりと、明確に存在する。

「……というわけで福島がどう思っているのか、君は知らないかい?」
 眉を下げる実休光忠。少しだけ福島と似ていることが腹立たしい。
 そんなもん知るか。あいつのどこを切り取ったら嫌われてるって結論になる。言いたい言葉をぐっと飲み込み、その苛立ちを込めた視線をこの場に引っ張ってきた長谷部へと向ける。もちろん向こうはそんなもの知ったことではないと言う顔をしている。
「貴方ならわかるでしょう。早く答えなさい」
 横から宗三左文字の声が飛んでくる。
 備前刀居室棟、長船派談話室にて。ずらりと勢揃いした織田の刀たちに囲まれて、日本号は恋仲である福島光忠について問い詰められていた。

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