「……それ、本当なの」
「……俺だって嘘であってほしいさ」
 でも、多分もう覆せない。呟いて頭を振る福島は心底弱っていた。大倶利伽羅の言う通り、確かにこれは燭台切が聞くべき話題だった。
「この話、主くんは知ってるの?」
「勿論。すぐに話したよ。主も真剣に受け取ってくれて、今は政府の回答待ちだって」
「待っている間、貴方はどうするの?」
「俺?フォローも兼ねて様子見かな。それなりに情報も集めつつ、ね」
「……そう。僕にできることは?」
「大事にしないなら特別なことは何も。気にかけてやってくれればいいさ」
 応えて今度は燭台切も俯く。相談事というよりも情報共有に近い内容だった。少なくとも何かを変える手立てがあるようなことではない。
 そんなことよりも、だ。
「……あなたは、いつから知っていたの?」
 尋ねる声が震える。内心で舌打ち。何たる無様な。それでも聞かないわけにはいかない。きっと、一日二日のことではない。こんなこと・・・・・を確信を持って言うにはもう少しかかる。
 様子見。気にかける。そんな態度を福島が彼に取るようになったのはいつからか。記憶を洗っている途中で答えは告げられる。
「いつ……何日前だったかな?……実休が顕現した次の日の夜だから…」
 指折り数える様子に愕然とする。そんなに前から。ほとんどすぐに気付いて、報告をして、フォローをして。その間自分は、何をしていたというのか。
「……どうして、気付いたの?」
「……言わないとダメか?」
 眉を下げて薄く笑う。言いたくないことなんて、問う前からわかりきっている。気付かないならそのままにしておきたかったのだろう。燭台切は彼にとってであるから。
「……同じ光忠が一振りで、刀剣男士としては先輩だからね。気付けなかったのは悔しいかな」
「光忠」
 それまで黙っていた大倶利伽羅が不意に口を挟む。やめろということなのだろう。きっとそれは正しいのだろう。それでも引けなかった。半ば意地だ。
 引かない燭台切を察したのか福島の視線がすっと外れる。
「……あの晩、実休がブーケの贈り主を尋ねてきたろ?あの時、気付いちゃったんだ」
 実休には残らないのかって。その言葉で思い出す。
 あの夜長船派の談話室で確かに実休が皆に贈り主を尋ねた。その時、福島はその言葉にひどく驚いた顔をしていた。それから謙信が花なら福島だろうと答えて、それに小竜がサプライズだったのかと続けて…
「……サプライズじゃ、なかったの?」
 そうだ。福島は小竜の言葉を肯定して笑っていた。こんな夜まで気付かないなんて外で楽しんだのかと。そんなことを言いながら笑っていた。
「……俺は誰かを思って作ったアレンジメントは、相手に手渡す主義でね」
 乾いた笑いと共に告げられた言葉は納得のいくものだった。彼はいつもそうしていたから。何故今の今まで騙されてしまったのか。
 悔しさに歯噛みしながらふと気付く。笑って誤魔化した福島はそのままふらりと何処かへ出て行った。どうせ日本号のところだろうとたかを括っていた。実際翌朝は日本号と一緒に朝食に顔を出した。まさか。
「そう。主にはその晩のうちに報告したよ……まぁ、かなり動揺してたせいで泣きついた、ってのが正しいのかもしれないけど。泣き疲れて寝た俺を多分号ちゃんが回収してくれた。そんで次の日、主に呼び出されてノートを一冊もらった。実休に渡して記録をつけさせろってね。俺はノートのこと忘れさせないように声かけながら、詳細を観察して、主に報告して次どうするか相談する」
 実休がノートを手にしているのは何度も見かけた。誰かと話したことを書いているのも。けれど燭台切はそれが審神者からのものであることも、福島が関わっていることにも気付けなかった。
「……日本号さんには…」
 この刀が何かをする時の相手にまず挙がるの名前。福島は静かに横に首を振る。
「簡単に相談するわけにもいかなくてね。実休のことで困ってるところまでは言い当てられちゃったけど。でも、何というかそろそろ俺だけじゃどうにもできなくて主に相談したら刀剣男士の誰かに相談しなさいって」
「それで伽羅ちゃんに?」
「大倶利伽羅くんが相手になったのは成り行きだよ。主の部屋を出て最初に会った国広くん以外の相手に頼んで聞いてもらいなさいって主命を下されてたんだ」
「……それであんなにしつこかったのか」
「主命だったからねぇ。でも結果的には助かった、のかもね」
 それで大人しく聞いて、燭台切に話を回したのだからこちらも助かった。大倶利伽羅には悪いが福島が捕まえたのが彼で良かった。
 ……と、考えてはたと気付く。先程の口振りでは審神者に言われてもなお日本号に相談するつもりはなかったのだろう。そして最初のやり取りから察するに燭台切をはじめとした長船派の面々にも。
「……誰に相談するつもりだったの?」
 偶然大倶利伽羅に会ったから、彼が気を利かせてくれたから、燭台切は福島が抱え込んでいる、実休の問題を知ることができた。
「ちょっと気まずいけど記憶の話だから鯰尾くんか骨喰くんか……どちらも捕まらないならいっそ琉球宝刀の彼らとかかな。あまり大袈裟に扱わないでくれそうな相手を選んだよ」
「……そんな…」
「あんた、何でそこまでこの話を隠したがる。聞いてた限りそれは他の連中も知ってた方がいい話だぞ」
 絶句する燭台切をちらりと見て大倶利伽羅が口を挟む。福島の顔から表情が抜ける。
「だって、みんなが知ったら本当にそう・・なっちゃうじゃないか」
「……は?」
「みんながそれを知って、本当にそうだと認めたら、実休兄さんは本当にそういう風になっちゃうだろ」
 それが嫌だったんだ。笑おうとして失敗したような顔で言う福島に燭台切も大倶利伽羅も何も返せなかった。

 * * * * *

 勢いで居着いてしまった大倶利伽羅の部屋を二人で辞して部屋へと戻る。彼には後で何かお礼をしなくては。そんなことを考えつつ細く息を吐く。
 結局福島はあれ以上の話をしようとしなかった。聞き出すべきか迷って、燭台切はやめた。詰め寄った福島の顔は見るからにいっぱいいっぱいですと訴えていて、すっと冷静になった。
 日頃兄ぶった態度で接してきてそれをいなすのが普通になっていたから忘れていたが、この刀はまだ後ろから数えた方が早いくらいには新入りだ。人の身を得てそれなりに時間が経った自分でさえも動揺するような話を独りきりで抱えてきたのだ。それで二進も三進もいかなくて、ようやく話してくれた話なのだ。一旦落ち着くためにも、自分たちの部屋に戻ろう。そう告げると瞠目した後、存外素直に頷かれた。
 人気のない廊下を選んで並んで歩く。ふと、ごめんな、と福島が呟く。何が、と視線で問うと巻き込んで、と返される。この期に及んでと湧き上がる苛立ちに気付いたのか、違うよ、と苦笑された。
「大倶利伽羅くん。主命とはいえ付き合わせちゃって悪かったなって」
「伽羅ちゃんは大丈夫。困っている相手を見捨てるようなことはしないし、本当に嫌なら叩き出すよ」
「……そっか」
 ほっと安堵したように福島が表情を緩める。思えば実休が来てからこちら、ずっと張り詰めた顔をしていた。
「……もっと早く、お前には言うべきだったんだろうね」
「……まあ、それはそう、だね。僕のこと、信じられなかった?」
 それならそれで仕方がない気がする。そこは信頼関係を築けなかった燭台切の落ち度でもある。
 福島がゆるり首を振る。
「……光忠なら大丈夫だと思ってたさ。でも、話せばやっぱりお前も悩ませることになるだろう?そこは少し迷ってね」
 主にはお見通しだったのかもな。軽く笑う福島に、燭台切は足を止める。
 光忠、と気遣わしげに振り返る福島。
「あなたが来てから、ずっと考えていたことがあるんだ」
 福島は動かない。黙って先を促す。
「あなたは兄だ兄だと言ってはいるけど、僕はあなたの気持ちが何一つわからないんだ」
 厳密には何一つわからないわけではない。かつて共にあった日本号に心を奪われていること。花が好き。本丸の仲間たちを好ましく思っている。だから花を贈って回っていること。お酒は好きだけど飲むことを少し恐れていること。でもそんなこと、本丸で過ごす仲間なら誰だって知っていることだ。
 粟田口。源氏。三池。堀川。虎徹。長光に景光。この本丸に兄弟である刀は多い。彼らはそれぞれに特別な関係を築いている。兄弟にしか見せない自分を持っている。自分たちはどうだろうか。
「今日、あなたが抱え込んでいるものを教えてもらえて、僕はよかったなって思ったよ。どんなものであれ、僕はあなたが抱えた痛みを分けるに値する存在だって認めてくれたってことだから」
「光忠…」
「だから、話してくれてありがとう、兄さん」
 言い切った燭台切は笑った。まだ何も問題は解決していないけれど、それでも心は晴れやかだった。
 歩を進めると福島がぽかんとした顔でこちらを見ている。くすりと笑ってそれを追い越す。
「ほら、行こう兄さん。実休さんのことは部屋に戻ってからまた考えよう」
「――!ああ、そうだな」
 一拍の間の後福島が並ぶ。
 今の自分たちはなんだかとても兄弟らしい気がする。

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