「実休の兄様は本当にすごいんだよ」
「へー、そーかよ」
「俺も正則にとってのそういう刀になりたいんだ」
それはいつかの日に交わした会話。
その話をする時の声音はいつだって自分には向けない熱を持っていて、聞かされる日本号はいつだって面白くなかった。
「どうしよ号ちゃん……次の連隊演習、実休兄さんが報酬だって……俺、光忠みたいにちゃんと先輩として教えられるかな…」
「別に普通に振る舞やいいだろ」
「そんな!実休兄さん相手に普通に!?無理!きっとできない」
「おいおい……お前のが先輩だろ…」
「ううぅ……絶対実休兄さんのが板についてるんだろうなぁ…」
それは少し前に交わした会話。
そこに居るわけでもないのに、心を占めているのが見るだけでわかって、こちらを見ろと日本号は思った。
こんなにも憧れが焼きついて、名前だけで心が乱されるくらい待ち望んでいる福島が、どんなことになっていようと実休光忠を疎むだなんて。
そんなこと、天地がひっくり返っても有り得ないだろうに!
* * * * *
「……あんたは、福島をどう思ってるんだ?」
「おい、質問に質問で返すな」
「うるせえへし切」
長谷部と呼べと言ってるだろう。話が逸れるので黙りなさい。やいやい騒ぐ周りの声を聞いているのかいないのか。ぼんやりとしていてどうにも掴めない。
「どう、か……上手く言葉にできないのだけれど、大切、だとは思ってるよ。これは燭台切に対しても同じだけれど、嫌われてないといいな、とも」
「……そうかよ」
「……やっぱり嫌われているのかな?」
「……何でそう思う」
日本号の問いに訥々と実休は答える。
「朝御飯の後、福島が花を渡してるところを見たんだ。宗三に聞いたら、誰かに花を渡す時はいつも直接手渡しをしてるって」
福島ならそうするだろうことは想像に難くない。それは彼を知る者は皆知っている。
だから日本号はそれを知らない実休を訝しんだ。福島の花攻撃は彼にとって近しい相手から始まる。日本号、燭台切と始まって徐々に本丸中の相手に広がった。だから実休光忠にも当然贈らないわけがない。だが実休の様子はそんなものは知らないと言いたげな様子だった。
「あんた、光忠……福島から花受け取ってないのか?」
「直接渡されたことは、多分、ないよ」
多分、という言い方に多少の引っ掛かりを感じるがそれを問う前に実休が言葉を続ける。
「毎朝起きると机の上に花が置いてあるんだ。僕の部屋まで入って来られる者の中でそういうことをするのは福島くらいだから、多分あいつからのものだろうけど…」
それなら面と向かって渡してこない理由がわからない。宗三がため息を吐く。
「やはりあなたが寝坊助だから置いていっているのでは?」
「いや、早過ぎなきゃあいつはこっちのこと叩き起こして渡してくるし、どうしても起きてこないなら、昼にでも渡しにくる」
どちらも自分の身で体験済みだ。二日酔いくらいならこちらのことなどお構いなしで起そうとするし、どうしても日本号が起きなかったり遠征でいないなので朝一番に渡せなければ昼でも夜でも改めて持ってくる。もっとも、そこまでするのは日本号かせいぜい兄弟相手だろう。だからこそ余計に花だけを置いていく福島の意図がわからないのだが。日本号の言葉に実休がしゅんと肩を落とす。それから思い出したように立ち上がるとちょっと待っててと部屋を出る。
「それで実際のところどうなんだ?」
「あ?」
「福島は実休のこと、嫌ってるんです?」
「んなわけあるかよ」
即答で断言できる。福島の家にいた頃も、この本丸で再会してからも、福島はいつだって実休への憧れを口にする。何なら今現在彼は実休に関係した何かにかかりきりなのだ。自分の不機嫌の元凶の片割れが、もう片方に嫌われていないかと心配しているだなんて、日本号にしてみれば戯言もいいところだ。
「そもそも実休が来てからそっちに構ってばっかだぜ。これで嫌ってるってんならあいつぁ何してんだよ」
嫌がらせをしにいくわけでもあるまいに。ぼやきながら見遣った長谷部たちは何故か驚いた顔をしていた。
「待った、福島ってそんなに実休さんに絡んでるのか?」
「何をしてようが半刻に一度は実休の様子を見に行ってるが…」
「初耳ですね」
「ならお前らといるのを見た時は遠慮してんだろうな」
三者三様の顔をしているのを眺めていると、実休が戻ってくる。
「お待たせ……どうしたんだ?」
「いいや、特に。実休さんこそ、どうしたんだ?」
「そうかい?実はこれを見てもらいたくて」
そう言って実休は持ってきた箱を卓に置く。
「これ、毎朝花と一緒に置いてある手紙なんだ。多分これも福島からなのだけど」
「俺たちが見てもいいものなのか?」
長谷部の問いに実休が頷く。では遠慮なく、と各々手に取る。
――おはよう実休。今日は暑くなるからなるべく薄着で。
――もし覚えていたら夕飯の後に頭を撫でて欲しいな。
書かれている内容にこめかみが引きつる。どう見ても福島の筆跡でどう考えても兄弟にするお願いではない。それとも長船光忠の刀はこれが標準なのか?
日本号の反応をチラリと窺った織田の刀たちは、深くため息を吐いた。
「……実休さん、これ、やったのか?」
「多分、やってないんじゃないかな」
「……多分?」
「前の日のことは、あんまり覚えてないから」
返ってきた言葉に何とも言えない顔になる。自分が知らない福島の最近の動向が提示されていくのに、彼が何をしたいのかがまったく理解できない。
それでね。実休が続ける。
「どうしたら福島はこれ、やめてくれるかな?」
は、と息だけで返す。今、何と言った。
「何でやめさせたいんだ?」
「何でってだってこんなの負担になるだろう?毎朝こんな手紙までつけて、僕が寝てる間に準備してさ」
「……嫌、なんですか?」
「嫌っていうか…」
――ダダダンッ!!!
――あ、ちょ、兄さん待って!
襖の向こうで走り去る足音と、慌てた燭台切の声がする。それを聞いた瞬間、立ち上がって襖を開ける。
「え、日本号さん?」
困惑する燭台切に構うことなく、彼の見ていた方向へ走り出す。
何かを確実に掛け違えている福島を追いかけるために。