福島を追い駆けていった日本号を見送った燭台切は室内に目を向ける。そこには織田家縁の面々が実休を囲んで座っていた。この面子に日本号。何を話していたのかは大体察した。
「……福島と一緒にいたのか?」
「途中で会ったから一緒に戻ってきただけだよ」
「ねえ、追わなくて大丈夫かい?」
「福島兄さんなら大丈夫。一番心強い人が追いかけてくれたみたいだから」
おろおろと尋ねる実休にため息をひとつ。それから静かに向かいに座る。
「それより、僕、あなたと話さないといけないことがあるんだけれど」
いいよね。卓に体重をかけてにっこりと微笑む。ひぇ、と息を呑んだのは誰か。そんなものは関係ない。半ば気圧された様子で実休が何度も頷く。さて、何から話そうか。
と、卓上に広げられていた手紙が目に入る。さっと目を通せばどれも夜に何かしらのスキンシップを求める内容で締めくくられている。筆跡は福島のもの。
「……これ、どうしたの?」
手近な一枚を持ち上げて問う。少し安堵している様子から見るに、答えられる質問なのだろう。
「毎朝、花と一緒に僕の部屋に置かれてるんだ。多分、福島からのものだと思うけど」
「確かに福島兄さんの字だし、花もあるなら間違いないと思うよ」
「そう、やっぱり福島からなのか」
ため息を吐くのはやはり実休には負担になっているからなのか。いや、それよりも、だ。
――こんな方法で探っていたのか。
寝る前に頭を撫でてほしい。夕飯後に抱きしめてほしい。そう書かれている手紙にはどれも読んだらノートには書かずに破棄してほしいと書かれている。実休が覚えていることに賭けた小さな約束。この約束が叶えばそこまでは記憶を保てる可能性がある。裏を返せば約束が果たされないならその時間には記憶が消えている。
こんな方法、傷つかないわけないだろうに。それであんな苦しそうな顔をして。本当に何をしているのだろう。
ゆっくりと息を吐き出す。頭に血が上りそうになるのをなんとか抑える。
「……やめさせたいの?」
「聞いてたのかい?」
「……福島兄さんから花をもらうのは、嫌なのかい?」
「嫌ではないよ。でも、毎朝こんなことするのって、福島が大変だろう?」
「福島兄さんはそんなこと気にしないよ。あなたに伝えたい気持ちがあって、それを伝えるのに必要なら手間だとは考えないよ」
「でも…」
「気持ちを伝えることを惜しまない刀だからそこは僕が保証する。でももし本当に嫌なら、あなたが一言、やめてほしいと言えばいい。それだけで兄さんはやめてくれるよ」
実休は困った様子で薬研に視線を送る。薬研はそこに関わる気はないらしい。ひょいと肩を竦めてみせた。
「……あなたは、この手紙に書かれたお願いって、叶えたことはあるの?」
きっとないのだろう。ないから福島は今あんなことになっているのだ。返答は予想通りだった。
「そう……話は飛ぶけど、昨日の夕飯、覚えてる?」
「夕飯…?」
「そう。そのノートは見ないで答えて」
手を伸ばした先にあるノートを開かれる前に止める。なるほど。そうするように教えられていたのか。なかなか巧妙に隠されていた覆いが剥がれていく。返答はやはり否。何かに気付いた周囲が息を呑んだが、燭台切としてはここまでは想定内。ちらりと時計を確認する。福島の話していた通りならここがギリギリ。
「じゃあ、今日の朝ごはんはわかる?」
「朝、ごはん…」
「燭台切!」
「薬研くんは黙ってて」
割って入ろうとする薬研を跳ね除ける。物言いたげにするが結局大人しく実休の言葉を待つ。そのやりとりを見て、実休は困ったように笑った。
「……そうか、お前も気付いたんだね」
「気付いていたの…?」
「何となくはね。福島が認めたがらないから、そうではないことにしていたけれど」
自分のことだから、と実休は微笑む。結局、彼らは互いに互いを思って行き詰っていたというのか。
燭台切には、何一つ悟らせず。
「あああーもうっ!!」
ダンッ!と強く卓を叩く。室内にぎょっとした気配が漂う。軽く俯いて深く息を吐く。気を落ち着かせるための行動だったのに、次に口から出てきたのは胸に溜まっていた怒りだった。
「何っなのあのひと!こんなやり方、やった本人しかわからないじゃないか!そうやって誰にも言わないでひとりで勝手に傷ついて傷ついて傷ついて……いつもの諦め癖はどうしたんだよ!いや、諦められても困るんだけどさ!もっと周りのこと頼れよ!!そんなんだから日本号さんだって目が離せないんだよ!」
「燭台切…?」
おろおろと伸ばしてくる実休の手を掴む。じろりと髪の隙間から睨む。びくりと逃げようとするので力を込める。極の腕力を舐めないでもらいたい。こちらに対しても言いたいことはあるのだ。
「あなたもあなただよ。おかしいと思ってたのに何で言わないの?福島兄さんのため?どう考えてもそうはならないでしょう。兄さんのことを思うなら、あなたは誰かに言うべきだった!僕じゃなくていい。薬研くんでも他の誰でもきちんと聞き入れてくれるはずだ!だって、あなたが感じてることはあなたが伝えないと誰にもわからないんだ!」
「燭台切…」
捕まえたのと反対の手で実休がそっと頭を撫でる。格好がつかない。
「……でも、本当にダメなのは僕だ……こんなに気を遣わせて、結局何もできない…」
「そんなことは、ないよ」
「あるよ……あなたたちがどう言おうと、本丸にいる光忠としては僕が一番先輩なんだ。そこにこだわって変なことばっかり気を割いて、あなたたちが何を思っているのかなんて見ようとしてなかったんだ…」
「僕も福島も、お前に見限られたくなかっただけだよ」
ぽろぽろと溢れる弱音に自分でも驚く。柔らかい声で実休がそれを受け止める。
「ねぇ、あなたが兄だと言うのなら、お願いがあるんだ」
「何だい?」
「福島兄さんを、助けてあげて」
手が止まる。そんな必要はないということだろうか。確かに福島は日本号さえいればセミオートで復活するけれど、今回はその日本号を頼ろうとしないのだ。なら、あれだけ刻まれたこころを誰が癒すのだろう。
「福島兄さんがあなたを嫌ってるなんて、絶対ないよ。あのひと、何でも……それこそ大好きな日本号さんのことさえ諦めてるんだ。言葉では離さないとか言うくせに、心のどこかでは自分が一緒にいるべきじゃないって思ってるんだ。あなたにもわかるでしょう?なのに今回のことは何ひとつ諦めてないんだ。諦められないから、苦しんでるんだ」
だから、お願い。何でもいいから、彼を助けて欲しい。もしかしたらもう刻んだこころは今頃日本号が何とかしているのかもしれないけれど、彼にそうさせるだけの問題そのものは、実休にしか解決できないから。
わかった。もう一度手が動く。
「……僕に何ができるか、わからないけれど、福島のこともだいじにする方法を考えよう」
お前も手伝っておくれ。その言葉にはもちろんと返す。頼ってばかりじゃ格好がつかない。何より、実休と福島だけにやらせたら、またおかしな方向に転がりそうだ。
「それにしても、いつの間に福島のこと兄さんって呼ぶようになったんだい?」
唐突に突っ込まれた話に弾かれたように体を起こす。今する質問だろうか。言葉にできずにぱくぱくと口を動かす燭台切を見る目はひどく穏やかで優しかった。