「並び順、どうしようか」
「順当に考えたら光忠が真ん中だろう?」
「……どこが順当なのかさっぱりだよ。今回の顛末を考えたら福島兄さんが真ん中じゃない?」
「ええ?俺挟んでも楽しくないんじゃないか?」
「僕はどちらを挟んでも楽しそうだけれど」
「「……じゃあ実休(さん)を真ん中にしよう」」
「ええぇ…」
 やいのやいのと騒ぐ三振り。
 ここは審神者の居室棟にある客間。三振りは今晩、審神者の計らいでここに寝ることになった。

 * * * * *

 時間は少し遡る。
 審神者からの呼び出しを受けて燭台切と実休は審神者の元を訪ねていた。福島から聞かされた話しか知らない燭台切としては何を言われるのか緊張している。
「福島光忠は来ていないのか」
 不意に声がかけられる。顔を上げると山姥切国広が立っていた。そういえば呼び出しの放送を聞いたはずなのに姿を見せる気配はない。どうしようかと考えていると背後から喚き声と重い足音がする。
「おろせ!下ろしてくれ号ちゃん!」
「下ろしたらお前逃げんだろ」
「当たり前だろう!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ姿に頭が痛くなる。ここに至ってまだ逃げようとしているのか。
 騒ぐ福島を完全に黙殺して山姥切国広が奥へ通す。
 通された広間には審神者が笑いながら待っていた。
「じゃあ、俺は戻るぞ。部外者はいない方がいいだろ」
「号ちゃん!!」
 広間に福島の悲壮な叫びが響く。何だろうか。そこまで縋りつくほど日本号がいいのだろうか。
「兄さん、日本号さんの迷惑になるからそれ以上は…」
 さすがにこれ以上は長船派の祖として見苦しいな、と思い割って入る。けれど騒動を止めたのは審神者の別に構わないという一言だった。
 日本号には自覚の有無に関わらず、かなりの部分関わっている。話の内容は実休光忠についてだけれど興味があるなら同席していい。審神者の言葉に日本号は深くため息を吐くと福島の隣に座った。途端、物凄い勢いで福島が張り付くものだから呆れてしまう。主への礼儀はいいのか。やはり長船派の祖としてどうかと思う。けれど審神者も、その後ろに控えていた山姥切国広も何も言わなかった。ここにいるのが歌仙や長谷部でなくてよかったな、なんてことを思う。
 実休光忠の件について、政府から回答がきた。
 審神者の切り出しにびくりと身が震える。福島の腕が締め付けているのだろう、日本号が宥めるように頭を撫でる。話題に上がった実休は普段通りの茫洋とした表情で審神者を見ている。
 実休光忠の抱えた欠陥は他本丸の刀剣男士からも稀に確認されている。任務遂行に支障が出る内容であるため、政府施設にて治療することを推奨する。
「……治るの?」
 燭台切の問いに審神者は頷く。よかったと安堵した燭台切が周りの様子を見ると相変わらず茫洋とした顔の実休と到底主君に向けないような胡乱な目を向ける福島がいた。どうしたのか、と審神者が促す。
「……治療って、実休兄さんのことを他の兄さんに取り替えることじゃないよね」
 それは違う。その場合は一度刀解してから再顕現と言われる。それもひとつの手段だが、現在までに実休光忠が積んだ戦闘経験もリセットされるので希望しないことは伝えている。その上で治療という言葉を使っているのだから、それは言葉通りのものだろう。
 審神者の言葉に福島はそれでも納得できないようだ。どうしようかと日本号と視線を交わしていると、不意に実休が動いた。実休は福島のそばに屈むと、徐ろに頭を撫でた。
「ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫だよ」
「……実休兄さん」
「お前が僕のために色々やってくれていたのは、燭台切や他のみんなから聞いたよ」
「待って、他のみんなって?」
「うん?誰だったかな……まあいいじゃないか。お前が頑張ってくれたから僕はここまで特に不便を感じなかったんだ。でもね、いつまでもそういうわけにもいかないだろう?いつまでも僕に貼りついたままじゃ、せっかく会えた相手もいるだろう?」
 ねえ正三位殿、と日本号に振るあたり、わかっているのかいないのか。困り顔で実休と日本号を交互に見ている福島の頭を少し雑に顔を撫でてから、実休は審神者に向き直る。
「治療の件、受けるよ。僕はどうしたらいいのかな?」
 都合の付く日に一緒に政府の施設に来てほしい旨、検査と経過観察も含めて一週間くらいかかるから親しい相手には話しておくこと。審神者の言葉に少し考えた実休はじゃあ今から行こうと言い出すものだから周りの方が慌ててしまう。
「いや、そこまで急がなくて良いんじゃないか?」
「そうだよ。それに織田の刀たちにはちゃんと話さないと」
「そういうものかな?」
「「そういうものだよ」」
 声を揃えて言う燭台切と福島に日本号と審神者が笑い出す。
 ならば出立は明朝。それまでに実休光忠は説明して回ること。福島光忠はその手伝い。この秘密をバラしても実休の本質に影響はないから安心していい。
 それと、と言葉を切った審神者に光忠三振りは首を傾げる。審神者の口端が楽しげに持ち上がる。
 夕飯の後またこちらへ来ること。客間を貸すので兄弟水入らずで話をしなさい。
「え……それはちょっと…」
「ハードル上げてくるねえ…」
 困惑する燭台切と福島。実休は楽しそうに笑っている。
 話は以上だと審神者が切り上げてしまえばもう広間にいる理由もなく、仕方なしに退出する。
 福島が部屋を出る間際、審神者が彼を呼び止める。
 福島光忠、願いは足掻けば叶うものだ。
 その言葉に福島はぱちりと瞬きをする。今度こそ行っていいと促されて部屋を辞した。

 * * * * *

 そうして、夕飯後。三振りは借りた布団を敷きながら騒いでいる。
「じゃあ別に福島は僕のこと嫌ってるわけじゃないんだね」
「あのさ、俺、確かにカンスト隠居だから割と暇してるけど、嫌いな相手に毎日花贈るほど暇じゃないからね」
「というか、実休さんはどうして毎日花が届いているって認識できたんだい?」
「これに書いてあるから」
 そう言って実休が取り出したのは記憶の補填用に持たせていたノートだ。
「嬉しかったことや楽しかったこと、誰かと話したことは書いとけって福島が言ってたから書いておいたんだ。何の花かは短刀の子たちが教えてくれたよ」
「あああああ!」
 声を上げながら福島がノートを奪おうとする。
「毎日花のことが書いてあるページに福島からかな、って書いてあるから多分福島からだと思ってたよ。福島からってわかって嬉しいけど、これも忘れてしまうのかな……」
「お前!実休!そういうこと言うなよ!!」
「忘れたくないなら、書いておけばいいんじゃないかな」
「光忠!!」
「それよりお布団、僕ここね」
 しれっと入口側の布団の上に陣取る燭台切。叫び声をあげながら福島も奥側の布団を陣取っている。
「……僕が真ん中で決定なんだね」
「当たり前だろ。光忠を挟んで本丸で頑張ってきた光忠を讃える会をやらないんなら、実休を挟んで思い出を聞かせる会をするしかないんだから」
「何その会…」
「福島を挟んでやる会はないのかい?」
「それ別に必要ないしネタもないでしょ」
 平然と返す福島に実休は不満そうだ。少し考えてからそうだと手を打つ。
「じゃあ今回はそれでいいけど、次は福島を目一杯誉める会にしよう」
「……何それ」
「次の機会ってあるのかな」
 名案とばかりに言う実休にげんなりとした態度の福島と特に気にしていない様子の燭台切。
「別にこの部屋を借りなくても、誰かの部屋に集まればいいじゃない」
 この本丸は基本的に一人一部屋を充てがわれている。希望があれば相部屋にすることも粟田口のように大部屋にすることも可能だ。
「部屋でやるなら、俺は号ちゃんの話がしたい…」
「それ楽しいの福島兄さんだけだよ?」
「光忠は貞ちゃんの話をすればいいし、実休は薬研くんの話をすればいい」
「お前たちの馴染みの相手の話も聞いてみたいけど、長光や景光の彼等の話も聞いてみたいな」
「ん、じゃあその話するか?」
「先に聞きたいのはお前たちの話かな。僕が焼けてしまう前のことも、後のことも、この本丸でのことも……聞かせてくれないか?」
 首を傾げる実休に福島と燭台切は揃ってため息を吐く。
「本当、そういうところだよねえ」
「いいよたくさん話そう。今夜は寝かせないからね」
「……なるほど、これが号ちゃんがたまに言う、これだから長船はってやつか」
「何!?僕普通のことしか言ってないよ!?」
「ねえ、今夜は寝ないのかい?」
 実休が不思議そうに首を傾げる。それに対して燭台切が得意げに胸を張る。
「僕さ、気付いちゃったんだよね。実休さんの記憶が朝まで保たないなら、朝まで喋っていればいいんだよ。そうすれば兄さんが出発する時にも多少は楽しい思い出が残るんじゃないかな」
「名案だ、光忠」
「本当?でも多分僕、途中で寝るから福島兄さんが頑張って実休さんのこと寝かさないでね」
「頑張って、福島」
「光忠!?俺だって割と夜早いんだぞ!?ていうか実休、お前が一番頑張るんだよ!」
 客間から聞こえてくる小気味よい会話に通りかかった審神者がくすりと笑う。
 福島が抱え込んだ時はどうなることかと思ったが、その前から気にかかっていた燭台切と福島の関係も落ち着いたようで安心した。
 どうか彼らの先に幸あれ。
 末席といえ神たる彼らにただの人の子である己が祈ることではないが、つい祈ってしまうのだった。

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