いじわるだぁれ
「何か怒らるようなことしたかなぁ」
そう呟いたのは兄を名乗る身内で。その声がなかなかに弱りきっていたから、僕は手を止めて話を聞くことにした。
「実休さんのこと?」
「そう。なんか最近やけにちょっかいかけてきてさ」
「ちょっかい?」
その単語と行っているであろう相手が結び付かなくて聞き返す。
「福島さん、何されてるの?」
「んー……話してる時急に頬を抓ってきたり、俺の分の茶菓子まで勝手に食べてたり?あーこの前は何故か部屋に戻ったら足引っ掛けられた」
「最後のはちょっと危ないね」
「まあ、転びはしなかったけど」
予想よりは危険ではないが、何となくダメージが入るタイプのちょっかいに福島さんも弱っているようだ。
「何か心当たりは?」
「あったらお前に相談してないよ」
そうだった。この刀は存外兄としての体面を気にするのだ。僕に相談してきたということは手詰まりなのだろう。
「実休さんにはそれとなく困ってたこと伝えてみるよ」
「ああ、ありがとう」
そんな会話をしたのが三週間ほど前。
「……あなた、もしかしてわかってるんじゃないの?」
「うん?何が?」
「実休さんのこと。本当はわかっててやってるんじゃないの?」
三週間前の会話の後、それほど時を置かずに実休さんとは話をした。福島さんへのあれそれが彼の言うところのいじわるだという自覚はあるらしい。でもそれをしたくなる理由まではわからない。ただ、多分あれは嫉妬や独占欲の類だろうとあたりはつけている。それを踏まえてそれとなく二振りを観察していると、おやと思うことがあった。
外から見ている僕よりずっと当事者である福島さんの方が、どんなときにあのちょっかいがかかるのかわかるはずなのだ。
「光忠はすごいな。千里眼でも持ってるのか?」
「そんなものなくても、ちょっと見てればわかるよ。もしかして、僕に相談した時からわかってたんじゃないの?」
「いや、確信したのは光忠に相談した数日後かな。それまで光忠と話しても何もしてこなかったのに急にちょっかいかけるようになったっていうかお前がいても気にしなくなったんだよ」
やっぱり実休さんは僕にもこの刀を譲りたくないと示していたらしい。あの話をしてからの彼は僕と福島さんの会話に躊躇なく割って入るようになった。
「日本号さんはどうしてるの?」
福島さんとは切っても切れない縁を持つ相手の名前を出す。すると福島さんは少し苦い顔をする。
「直接何かするわけじゃないから号ちゃんが驚かない程度なら気にしない」
「日本号さんが気にしたら?」
「俺がちょっと怒った。そしたらもう号ちゃんの前ではよくわからないちょっかいかけるのはやめたな」
独占欲やら嫌われたくない気持ちやら、随分と感情が忙しいことになっている。これは確かに本刀が気付くにはもう少しかかりそうだ。
「嫌じゃないの?」
「もう慣れた。あと、俺が本気嫌がることはしないし」
さらりと返す福島さんはそこまで大事とは捉えていないようだ。
「思うに、あなたが応えてあげれば済む話なんじゃないかな」
「応えるって何に?」
「それは……実休さんの思いとか…」
「実休の思いって、あのよくわからない嫌がらせから何を汲み取るのさ。嫌われてるかもしれないとか?」
心底不思議そうな声。それを聞いて思い出す。実休さんほどではなくとも福島さんだって顕現してから短い側だ。
「わかってないわけじゃないんでしょう?」
「推測の域を出ないだろう?」
確かに本刀が言わない限りそれは予想でしかない。けれど、そろそろ巻き込まれるばかりの現状に疲れてきた。重いため息が出てしまう。
「安心しなよ光忠」
「あなたも光忠でしょう…」
「実休が言ってきたら、ちゃんと応えてやるからさ」
にこりと人好きのする笑みを浮かべる福島さんに、やっぱりため息を吐く。
「それ、いつになるのさ…」
「うーん……実休次第?」
どうやら福島さんは実休さんが言語化するのを待っているみたいだけれど、僕の勘はその前に感情が溢れ返った実休さんに襲われるのではないかと告げている。
「……早く決着つけてよね…」
どちらに転んでも結果は変わらないのだから。
気付いてた福島と巻き込まれた燭台切。
大丈夫です。福ちゃんはこの後きちんと実休さんに食べられます。
2023/08/28