希みに惑わされてはいませんか

「そういや外海の哨戒任務の時によ、白ひげの船と交戦したことがあるんだ」
「白ひげ?」
 いつもの酒の席。機嫌良く酔ったササキが話し始める。その口から出たどこかで聞いた単語に思わず問い返す。
「この国の外でカイドウさんに並ぶって言われてる海賊だ。で、まあそれは本隊じゃなかったんだがな、その船になんと、この国っぽい格好の奴が乗ってたんだよ」
「へぇ」
 別に珍しい話ではない。密出国で言うなら霜月コウ三郎やおでんだってそうだ。その手の輩か、ただ似せた格好をしているだけということもある。
「何だって急にそんな話をすんだい?」
「いや、そいつは男のくせにそこの踊り子みてえな髪型してたもんだから思い出しちまって」
「……へぇ、そいつも刀を持ってたりしたのか?」
 密出国。踊り子。なんとなく、誰かを思い出す単語だ。努めて顔に出さぬようにしながら話を促す。
「どうだったかな……持ってたかもしれんが使ってる印象は薄いな。何せそいつ、両手に拳銃持ってガンガン撃ち込んできやがる」
「拳銃、ねぇ…」
「ああ。そういや持ってるもんは物騒なのに細かい動きはやっぱり踊り子の姉ちゃんみてぇだったな」
 どうしても拭えない既視感。確かあいつは射的が得意だった。こんなもの余興だと冷めた調子で本人は言うが百発百中の腕は誰もが賞賛した。そして結局抜けなかった舞の所作の名残。
「名前とかわかったりすんのかい?有名な海賊なんだろ」
 問えばササキは少し驚いたが答えてくれた。
「確かミドウ?いや、少し違うな…」
 悩むササキに部下が口を挟む。
「白ひげのとこの二丁拳銃なら、十六番隊長のイゾウですよ」
「ああそうそうイゾウだ」
「へぇ、イゾウってのか…」
 豪快に笑うササキに笑い返しながら、頭の中は疑問だらけだった。白ひげにいるのはわかる。おでんが乗って行った船だ。刀を捨てて銃を取ったのもわかる。真面目なあいつのことだ、少ない手勢で確実におでんを守るために誇りよりも得手を取ったのだろう。
 わからないのは何故ササキが哨戒に出るような海域にいたのかだ。偶然ならいい。困るのは彼がどこかで話を聞いて、おでんの仇を取るために乗り込んで来た場合だ。
 正直、イゾウ一人来たところで何も変わらないくらいにこの国は変わってしまった。鵜呑みにしているわけではないがトキ様の予言にはまだ時がある。今は雌伏の時なのだ。
「なんだ、興味持つなんて珍しいな」
「……少し前に密出国した奴の特徴と似てたもんでね」
 そう返すとササキは悩む素振りを見せた。
「折角興味持ったところ悪いが、そいつをどうこうってのは難しいと思うぜ」
「と、言うと?」
「そいつを見たのはナワバリの端の方の海だったんだ。確かにあのまま行けば白ひげのナワバリに入るけど、あっちも多分端の方だから多分滅多にこっちに来ねえ」
「そうか」
「ああ。カイドウさんもまだ白ひげと事を構える気はねえだろうしな」
「そうであったか…」
「そもそもその話自体おれが傘下に入った頃だから二、三年前の話だ。」
 くたばってはいねぇと思うけどな。そう言ってササキは酒を呷る。
 そうか。呟きながら胸の裡で思う。あいつは、生きていたのか。今もまだ、生きているのか。連絡など取りようもなかったが、胸を撫で下ろす。
「さあ、仕切り直しだ。飲もう」
「んん?おお、飲むか!」
 酒を注げばササキは上機嫌に笑う。
 あと何年か先、待った先の同士たちに彼が並ぶ。その姿を思い浮かべてつい、笑ってしまった。

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