ああ、これはきっと、己が倒すべき敵だ。
 CP0の相手をしながら、そんなことを考える。
 仮面の男たちはどこか焦った状態であえてイゾウを見逃そうとしている。目的の詳細はわからない。それでもこいつらは間違いなくワノ国にとって敵である。オロチやカイドウのような内に抱え込んだ敵ではない。国の外から、悪意を以て侵略してくる外敵。
 同心たちはこの外敵について詳しく知らないだろう。国外にいたとはいえイヌアラシとネコマムシも変わらない。外見から不審とは思ってもその危険性まではわからない。そもそもみなそれぞれが、この戦局への対応で手一杯だ。
 けれど今、イゾウはせねばならぬことに追われてはいない。そして海の頂きの一角であった白ひげの船にいたからこの外敵の危険性を知っている。この敵は見逃せば必ずワノ国に害を成すと言い切れる。
 麦わらの一味はそれぞれが幹部を相手取っている。そろそろ決着も付いているだろうが、そんな彼らにこいつらは負担が大きい。そもそも狙われているのは彼らの一味なのだ。彼らは逃がす局面だ。
 外から来た他の海賊たちも同じく。ビックマムを落としたと聞いた。よくやったものだと思うがさすがに余力などないだろう。
 せめてマルコがいれば、と考えてその思考を捨てる。彼は今別の者を相手取っている。それに彼の能力はこの戦の後に生きる。消耗は少ないに越したことはない。
 やはり、自分しかいないのだ。

 思えば随分と偶然と分岐点のあった人生だ。

 あの時自分が不寝番だったこと。
 飛び出すおでんに届いたこと。
 乗り込んだのが白ひげという大海賊であったこと。
 自分だけがその船に残ることになったこと。
 帰らずそのまま船に乗り続けたこと。
 主君の死に目に会えなかったこと。
 麦わらを守れというオヤジの言葉。
 生き残れというオヤジの最後の命。

 何故、その道を選んで歩いてきたのか。
 選択に後悔はないが、ずっと心に引っかかっていた。

「……待てCP0」
 立ち去ろうとするCP0を引き止める。
 上層で負った傷は深い。が、それでもまだ体は動く。動くなら、こいつらを引き止める。
 深く息を吸って吐く。
 あの日、おでんを追って白ひげの船に乗ったこと。そのまま国に戻されなかったこと。
 頭の片隅でその意味をずっと考え続けていた。
 その答えをようやく見つけた気がする。

 * * * * *

 CPの片方を仕留めて転がる。いけない。まだもう一人いる。
 生き残った方が動く気配がする。だが、無茶を通した体は限界で指先ひとつ動かない。
 ああ、やはり。己の命はこの時のためにあったのだ。
 死ぬような時は他にもあったはずなのに、何故今日まで生きてきたのか。
 ずっと悔いてきた。
 死んだ主君とオヤジと、家族たち。おめおめと生き残った己を呪った。
 それもこの時のためと思えば、悪くない。

 あの時自分が不寝番だった偶然。
 ――他の誰かの日でもおかしくなかった

 飛び出すおでんに届いた偶然。
 ――自分でもあんなことができたのは奇跡だと思う

 乗り込んだのが白ひげという大海賊であった偶然。
 ――あの船だから得られた海外の情報は多い

 自分だけがその船に残ることになった選択。
 ――主君に従っていたらきっと帰国していた

 帰らずそのまま船に乗り続けた選択。
 ――この家族が自分を生かす理由になった

 主君の死に目に会えなかった無念。
 ――その思いがここまで自分を突き動かした

 麦わらを守れというオヤジの指示。
 ――結果的にだが、故郷を救いに来たのは彼だった

 生き残れというオヤジの最後の命。
 ――生き延びたからこそネコマムシの誘いに乗り、今故郷のために戦える

 すべて、イゾウのこれまでのすべてがこの時に繋がっていた。
 何を阻んだのか、阻めたかどうかもわからないが、やるだけはやった、はずだ。
 あの日、己の旅の始まりは決して望んだものではなかったけれど、それでも無駄ではなかった。
 それならこの幕引きも悪くない。
 最後の最後にイゾウは思った。

幕がおりたとき 僕等ははじまりの理由を知る

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