君らしく生きるということが、そんなに大事ですか

「マルコ殿」
 そろそろ行こうかと腰を上げると侍たちのリーダー、確か錦えもんといったか、そいつに声をかけられた。
「何だよい」
「貴殿と少し話したい。時間をもらえるか?」
 問いに頷くと上げかけていた腰を下ろす。何だろうか。この侍は確かおでんに心酔していた。おでんの話だろうか。もう随分昔のことだから少し気合いを入れて思い出さねば。
「イゾウのことを聞かせてはくれまいか」
「……いいよい」
 けれど出てきたのは予想とはズレて、けれども予想よりずっと今話題とするのにふさわしい名前だった。もちろん断る理由はなく、虚を突かれはしたが承諾する。さて、何を聞かれるだろう。
「イゾウは、そちらで楽しくやっていただろうか」
「……ああ、多分な。少なくともおれにとって一緒にいて楽しい奴だったし、同じように思ってた家族は大勢いるよい」
 楽しんでいた、はずだ。お互い船内での立場を持つようになってからも、気安い関係でいられた数少ない相手だ。そうかと頷く錦えもんに話を続ける。
「前に一度言ってた。おでんが国に帰ってくれたのなら、自分がおでんの代わりに世界がどんなものか見て回ろうかって」
「イゾウは、そのために命を掛けたということか」
 聞いたところによれば彼は仮面の白服と刺し違えるように転がっていたという。十中八九CP0だろう。奇しくも彼はかつて定めた目的を達成していたらしい。マルコとしては生きて戻って欲しかったのだけれど。
 と、錦えもんの向こうに掛けていた河松が口を開く。
「……拙者も、マルコ殿に聞きたいことがあるのだ」
「何だよい?」
「イゾウの描いた未来に、彼奴自身はいたのだろうか」
 その言葉にマルコは息を飲む。それはネコマムシの船で合流してから、マルコ自身も漠然と感じていた疑念だ。
「カイドウに挑んだ後、少しだけ話すことができた。この国は明日どうなっているかと聞いたら、それは夜明けに話そうと。拙者にはどうしてもイゾウの浮かべる未来にイゾウはいないように思えて仕方ないのだ」
 マルコ殿はどう思う。再度問われて考える。
「……多分あいつの中にこの先どこかにいるイメージってなかったんじゃねぇかな…」
「それは、海に戻るという話でもないのだな」
 河松の確認に頷くとやっぱりと呟かれた。
「カン十郎に、負け戦のために戻ったかと問われた時、イゾウは何も返さなかった。我らは勿論すべてをひっくり返すために挑んだ討ち入りだった。イゾウにそれがないというわけではないが、すべてでもなかったのだな……やはり、イゾウは菊やこの国を捨ててしまったのだろうか…」
 しおしおと萎れる河松に昔した会話を思い出す。河童の河松。悲しいことがたくさんあったのに誰かを思えるやさしい奴。真面目だからきちんと強くなってあの国を守ってくれる。懐かしむようにそう話していたイゾウを知っている。
「それはねえよい。何せイゾウはおでんが死んだって聞いた時、船から落ちたんだぜ」
「そうなのか?」
「もちろんすぐ助けたから問題はなかったけど……ああでも、今思えば多分あいつの中の何かが欠落ちたのはこん時だろうなぁ…」
 思えばあの辺りから自分の命を度外視するようになった。けれど捨てるのはあくまで自分の命だけで、部下の命は守ろうとしていた。だからあの時彼を隊長に据えた白ひげの判断は間違っていなかったのだろう。
「イゾウの中でワノ国のために戦いたい気持ちはずっと燻ってたけど、オヤジが良しと言わないから耐えていた。そのオヤジも二年前に死んじまって、色々あってあいつが守る家族も散り散りになった」
 改めて考えるとワノ国に来るのにイゾウは本当に身ひとつで来ていたのだ。
「もうどこで死ぬのも厭わない……そんな気分の時あいつは多分自分が未来なんて考えられなかったと思うよい」
 マルコの言葉に河松も錦えもんもしばし考える。
「……拙者、かける言葉を間違えたのでござろうか」
「そんなことはねぇよい。あんたらだって死ぬ気だったんだろい?」
「それは、まあ…」
「だったらあいつも同じだよい」
 あの時間違いなくイゾウは死ぬ気でいた。それでも最後には帰ってくるのだろうと理屈はなくマルコは思っていた。それはきっと他の連中も同じだ。
「……思ってたのとはだいぶ違う感じになったけどよい」
 本当に、マルコの中でも何もかもが違うけれど。
「それでもあいつはずっとやりたがってた国のために戦うってやつを果たしたんだ」
 長い間、自分を責め続けていたのだろう。それを表に出すことはなかったけれど、彼は主君と故郷を愛していた。
「それでよかったんだって思うことにしておくよい」
「……マルコ殿」
 気遣わしげな視線を感じる。
「あいつと海に帰れなかったのは確かにちょっと寂しいけどよい、アンタらがちゃんとあいつのこと、思ってくれるならそれでいいんだ」
 立派な堂に祀ってくれた。それはいい。けれどそれはそれとして、どうか彼を思ってほしい。イゾウという少年のことを忘れないでいてほしい。
 マルコが願うのは、それだけだった。

close
横書き 縦書き