世界の意味を変えたのは誰ですか
「なあ、こっちからもせっかくだから聞かせてくれよい」
「何でござろう」
「この国にいた頃のイゾウはどんな奴だったんだ?」
マルコの問いに河松と顔を見合わせる。さて、どう話したものか。
「そなたは、何か聞いておるのか?」
「ん?菊の話は酔う度に聞かされたけど、あいつ自身の話はそうだなぁ……五つかそこらでおでんに会って、何年か仕えてた後にうちの船に乗ったってくらいだなぁ」
つまりほぼ何も話していないのか。
「我ら光月の家臣は皆おでん様に人生を救われた者ばかりだ。行く当てもなく路頭に迷い、ならず者へと転がり落ちるばかり……イゾウと菊之丞の兄弟も同じであった」
雪の降る鈴後。芸を見せても金はもらえずにいた幼い兄弟。いつの間にかついてきて、鍋のおでんを食べていた。
「我ら皆おでん様の押しかけ家臣。おでん様の行く先について回る旅をしていた。イゾウも幼い菊を守りながら懸命についてきておった」
そして九厘でアシュラを倒し、ならず者の土地を都市へと変えた。
「……と、これではおでん様の活躍になってしまうな」
「いいよい。その辺りの話はイゾウからもおでんやイヌネコからも聞いたことがねぇ」
「左様でござるか」
「拙者が加わる前だな」
「そうであったか……その後は康イエ様の援助で我らも学問や礼儀作法を身に付けたのだが…」
「イゾウが物凄く厳しかった」
「それはおれにも想像つくよい」
可笑しそうにマルコが笑う。
「決まりを蔑ろにする奴は容赦なく説教してたなあ……新入りとか古参とか関係なく」
「不出来は許しても不実は許さぬ奴だったからな」
「そういやうちで最初に説教されてたのはイヌネコだったよい」
「なんと、あやつらやはりそちらでもやっておったか」
三人、ひとしきり笑う。三つ子の魂ではないが、素地はどこへ行っても変わらなかったらしい。
そうして、ふと思い出す。
「……先程我らはおでん様に救われたと言ったが、イゾウだけは違うと言っていた者がいた」
首を傾げてマルコが続きを促す。
「あれは、おでん様が戻られてから二年ほど経った頃だ」
おそらくイゾウはもう戻らない。菊之丞以外は皆そのことに納得した頃、アシュラがぽつりと言ったのだ。
「イゾウの奴はおでん様に人生を狂わされたのだ、と」
「狂わされた…」
「其奴は言った。自分達はおでん様によって真っ当な人生へと導かれた。けれどイゾウだけは違う。彼奴には芸の道を進む選択肢も残っていた。そうすれば剣を握ることも、まして海賊となることもなかっただろうと」
マルコも河松も目を見開く。それはそうだろう。錦えもんとてそれを言われた時は何事かと思ったのだ。けれど考えれば考えるほどにそうかも知れぬと思えてくるのだ。
「イゾウと菊の生まれは舞踊の家元だそうだ。だが、父が何かの罪を犯して捕縛され、お家は取り潰し、一家は散り散りになっていたらしい」
「……罪人の子…」
何か思うところがあるのだろう。マルコが話を飲み込むまで少し待つ。
「言われて某も考えた。もし父が罪を犯さねば、もしくは彼奴が芸事で金を稼げておったら、イゾウはおでん様に仕えることはなく、おでん様を追って海に出ることもなかったやもしれぬ。だから其奴はイゾウだけはおでん様に人生を救われた部分があったとしても、大きく狂わされたのだと言ったのだと」
マルコが難しい顔をする。彼らの出会いが物のはずみであったと言われて面白くはないだろう。
「だが、イゾウは楽しんでいたのであろう?」
沈黙を破ったのは河松だった。河松の問いにマルコが頷く。
「ならきっとイゾウは、何度やり直しても同じことが起きれば同じことをして、この国から白ひげの船に行くのではないか?」
「……ホントかよい」
「拙者も河松と同じ考えだ」
カイドウの件がなければ、イゾウがこの国に戻ることはなかったかもしれない。菊之丞ほど強くは望んでいないが、一度くらいは戻って顔を見せてほしかった。でも、少なくとも最初の十年のうちに顔を出さないくらいには船旅を楽しんでいたのだ。
イゾウが楽しんでいたのなら、それでいいのだ。
「……あいつ、幸せモンだなぁ…」
三十年帰りもしない故郷の奴にこんなに愛されて。ぽつりとマルコが呟く。
「あいつのこと、ゆっくり眠らせてやってくれ」
両手に燐光を纏い、ふわりとマルコが浮き上がる。もう行くのだろう。
「お達者で」
「そっちもな。これからだって大変だろうよい」
言い残して完全な鳥の姿になり、空を行く。
さて、こちらも行かねば。生き延びた者として、モモの助を、この国を支えねばならぬのだから。