「うわあ…!」
 謙信は思わず歓声をあげた。目の前には一面の向日葵畑。
 隣に立っていた福島も思わずおおと感嘆の声をあげている。それだけで福島をここに連れてきた甲斐があった。
「ん?」
 しばらく向日葵を眺めていた福島が不思議そうに辺りを見回している。
「どうしたのだ?」
「いや、俺は摘んで飾る専門だからこういうのは詳しくないんだけど……ああなるほど」
 きょろきょろと周囲を見ていた福島が納得したように頷く。それからすっと看板を指し示して微笑む。
「ほら、謙信くん。この向日葵畑、迷路になっているらしいよ」
「めいろ!」
「俺たちも挑戦してみないか?」
 福島の問いに大きく頷く。花が好きな福島と楽しい遊びができる。そのことに心が湧き立つ。早く行こうと手を引いて急かすと困ったように笑いながらついてきてくれる。

「へえ……これはすごいね」
 福島が関心したように呟く。その隣に並んだ謙信も頷く。道になるように整備された向日葵で視界が遮られ、迷路になっている。パンフレット片手に歩いていた二人だけれど、足を止める。
「このすたんぷ?って言うのを集めるんだよね?さて、どちらに行こうか?」
 微笑む福島に謙信は少し考える。福島は多分、謙信のしたいようにさせようとしているのだろう。それが楽しいと言ってしまうのだろう。けれどそれは少し違うと謙信は思う。せっかく旅行に来たのだ。福島の大好きな花に囲まれているのだ。それを福島の思うままに楽しんでもらいたいたい。そのためには。
「福ちゃん、いいことをおもいついたのだ」
「いいこと?なんだい?」
 屈んで視線を合わせて問う。
「どちらがさきにでられるか、きょうそうしよう」
「競争か…」
「いや、か…?」
「いいや、面白そうだ。受けてたとう」
 にっと口端を持ち上げるのはどこか好戦的で、謙信は嬉しくなった。
「じゃあ、すたーとなのだ!」
「え、そんないきなり!?」
 よーいどん、と駆け出す背中に慌てた声が聞こえるが、謙信は笑いながら手を振った。

「はは、負けちゃったか」
「ぼくのほうがあしがはやいからとうぜんなのだ!」
「待たせてしまってごめんよ」
 言葉の割に福島はそれほど悔しそうではない。それもそうだ。謙信との競争が始まった後の福島は花畑の中の迷路をのんびりと散策していた。向日葵よりも背が高い彼の頭は少し離れた列の向こうに見えていた。ゆっくりと自分のペースで迷路を回ってスタンプを集めて、時々咲き誇る花をじっくり眺める様子は福島なりに楽しんでいたと言えるだろう。
「福ちゃん、たのしかったか?」
「誰かが迷路のゲームをやっているのを見たことはあったけど、自分が挑戦すると難しいね」
 たくさん迷っちゃったよと笑う福島に謙信は胸を撫で下ろす。
「それにしても、植物で迷路を作るなんて、人間は面白いことを考えるね」
「うえきのめいろはいろいろなところにあるのだぞ」
「ああ、外つ国のおとぎ話にもあったね」
「うん!あれはばらのめいろだぞ」
「へえ、それはいいね!」
 声を弾ませる福島。どうやら向日葵の迷路は彼のお気に召したようだ。
「ほんまるにもつくれるかな」
「どうだろう、桑名くんに相談してみないといけないだろうね」
 二人手を繋いで宿へ向かう。
 探検を始めたばかりの頃は高かった太陽は向日葵畑の向こうに沈もうとしていた。

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